「特定秘密保護法反対」

「特定秘密保護法」、「集団的自衛権」に反対します。憲法第9条をしっかり守りましょう。教育勅語の教材活用は間違いだ!

自由であっても、他人の生まれ、性別、年齢、故郷、風習、宗教を差別する、小馬鹿にする、冒涜するのは許されない。

原発不要・核廃絶


2014年10月31日金曜日

ツキノワグマの頭骨  The skull of a black bear.

    今日、専門学校へ行ったら、イヌの訓練師にM先生から
ツキノワグマの頭骨を見せてもらった。
もったいないので、ぼくの携帯でその場で写させてもらった。
まだ、若い個体であった。クマの頭骨としては小さい。
スケールとなるものを置いてないのが、残念だ!1時限目の授業の教室に行く前のほんの
数分しかなかったののも残念至極である。

上面から
上顎骨と鼻骨や前頭骨、左右の前頭骨や頭頂骨どの骨ともしっかり縫合合体していない。

右側面から 
 頬骨や側頭骨の出合いも合体していない。

底面から
手振れしてしまった。
 一応、臼歯は全部揃っているようなので、まだ若いメスなのかもしれない。

後面から
後頭骨と頭頂骨との接する項稜が少し盛り上がっている。

正面から

下顎骨(上:右、下:左)

下顎骨と合わせて左側面から

このクマの頭骨を持ってきたイヌの訓練師のM氏は、猟期にはクマ猟やシカ猟をやっているようだ。
この頭骨は他の先生に譲り渡された。

昨日、義姉の告別式で火葬された骨を見たが、環椎や第二頸椎である軸椎が
形が崩れずにしっかり残っていた。火葬した係員はその骨を説明してくれた。
これで4人の火葬直後の骨をみたが、義姉の骨が一番しっかりと形が残っていた。
まるで、軸椎を説明するために上手く焼いたかのようだった。
また、ヒトの環椎はシカの環椎と同じくらいの大きさのように思った。
しっかり、計測してみたい写したい思ったが、写真が禁止だった。

2014年10月29日水曜日

エ!これがペット?  E! Is this favorite of yours?

昨日、専門学校での1時間目の動物飼育専攻のクラスの授業の時である。
学生が大きな紙袋を持ってきている。
袋の中を学生たちが覗き込んで歓声をあげている。
何を持ってきたのか見せてもらった。
これは可愛いトカゲではなくヤモリだというが、壁を登れないようだ。 
上の彼は、さらにもう一品を見せてくれた。
何?ゴキブリだ!巨大なヤツだ。かなり値が張るらしい。
ヤモリの餌ではなく、ペットのようだ。チビのゴキブリは生まれたものたちのようだ。 
これにはぼくは驚かなかった。
以前、コウモリがいる洞窟に入った時に、洞窟内の壁に固まって貼りついていた
オオゲジゲジを2匹つかまえてペットボトルに容れた学生がいたからだ。
彼は、ムカデなどもペットとして飼っていたのだ。
驚いたペットがこれ!
分かりますか?
ヤマビルなのだ。
右のペットボトルには20匹くらいのヒルが入っている。
ぼくは、ゴキブリやヤマビルを飼う気はまったくないが、学生たちにとっては、
可愛いヤツラのようだ。
ヘビ嫌い、虫嫌い、動物嫌い、ネコ嫌いなど、人はそれぞれ嫌いな物や好きな物がいる。
人はそれぞれだ。これらはヒルやゴキブリは不快動物と言われる。
しかし、これらのゴキブリやヒル、この僕らの世界の大事な構成員たちだ。

こういう動物たちをペットにするような学生がいるからこそ、
動物たちの生理や生態が解明されていく。

ピンボケなのは携帯で慌てて撮ったからです。

2014年10月28日火曜日

ムベはアケビ属ではなかった。 Mube in Japanese was not genus Akebia.

ムベ(Stauntonia hexaphylla
近くの家の門柱にかかるムベ、昨日撮る。
ムベの葉もアケビの葉も良く似ているし、果実も良く似ている。
さらにムベは年中常緑の厚手の葉をつけているのでトキワアケビとさえ言われる。
だから、今の今までムベとアケビは同じ属だと思っていた。

アケビの属名はアケビ属Akebiaということを知っていた。ムベの小種名は何ていうのかなと思い調べたら、属名がムベ属であることを知った。

道理で、ムベの花とアケビの花はこれが同じ仲間かと思うほど違うのだ。

2014年10月27日月曜日

自分で遺産(土地)相続手続きを!

両親が亡くなってからもう何年も経つが、遺産相続に関しては何も手続きをしていなかった。司法書士などの専門の事務所に頼むと少なからずのお金がかかるので自分で全て行ってみた。
ここでは、ぼくが個人で遺産(土地)相続手続きをして、必要な書類を書いたり集めたりしたことを述べる。

我家の土地はお袋と連れ合いが共有していたので、お袋分をぼくが譲り受けることになった。
しかし、お袋の子供は兄と妹を含む3人なのでそれを3人で均等に分けなければいけない。
が、兄や妹はぼくに譲るという。何をどうしたら、土地を相続することができるのか先ずはネットで検索した。

①遺産分割協議書なるものを作成しなければいけないということが分かった。
ネットで調べて見本があったので、それに倣った。
9月に兄貴の70歳の祝いを兼ねて帰省し、下図の遺産分割協議書を作った。
クリック拡大
さらに、ネットで「遺産分割協議書・法務局」とキーワードを打って検索すると、
法務省も含む多くの案内があり、それに基づいて書類を集めた。

②死んだお袋(被相続人)の生まれてから死ぬまでの戸籍謄本(これが大変だった。
③お袋の住民票の除票(故郷在住の妹に頼んだ。郵送で申し込むこともできる)
④相続する土地登記の全部事項証明書(これは法務局にネットで申込み取り寄せた。)
⑤土地の最新の固定資産評価書(これは近くの市民センターに行って取った)
⑥兄妹3人の住民票と戸籍謄本、さらに印鑑証明書(兄や妹に自分のものを取って送ってもらった。ぼくのは近くの市民センターで)

①遺産分割協議書の文面を作り上げ前もって添付ファイルでメールで送って見てもらい、ぼくが帰省して3人で見直して再度作り直した。最初の文面では、問題の我家の土地の他に、他の遺産についてはぼくが放棄するとしたが、我家の土地だけに限った文面とした。

一回目法務局へ①~⑥の書類を持って行く。妹が送ってくれたお袋の戸籍謄本は親父と結婚した時のものなので、不備だった。さらに妹の戸籍謄本も改正戸籍謄本ではないということで不備だった。ここで、固定資産評価書の土地の値段x4÷1000=これが遺産相続にかかる税金のようなもので登記料になると云うことを法務局の相談窓口に人が教えてくれた。この時に登記申請書とその書き方を書いたA4用紙をもらう。今の役所は昔と違ってすごく親切丁寧です。

二回目法務局へ:新たに取り寄せたお袋の生まれた時の謄本と登記料としての収入印紙(法務局で売っている窓口あり)を貼った登記申請書や①~⑥の書類を提出した。受理された。しかし、まだお袋の戸籍謄本のことで電話がいくかもしれないと言われる。3日後、法務局の○○さんからお袋の戸籍の不備が知らさせる。お袋の明治生まれ父親(祖父)はお袋が15才の時まで青森県に本籍があったのだ。この戸籍謄本は青森県の役場をネットで探して、ホームページの住民課に釧路から送付された青森県の住所が載っている戸籍謄本を添付したメールを送付して事情を書いて調べてもらった。翌日、担当者から返信があり、郵送で返信封筒と定額小為替(郵便局で買う)を入れて郵送した。この青森県の役場も丁寧に教えてくれた。

三回目法務局:青森県から送付されてきたお袋の戸籍謄本2通をもって、窓口で○○さんからい指摘された不備だったお袋の戸籍謄本を持ってきたことを告げる。○○さんが出てきて、謄本を見て奥に消え、しばらくすると名前が呼ばれ「登記識別情報通知書」「登記完了書」を貰う。その時に身分証明書となる免許証を見せ実印を受領印として押す。

以上で終わった。釧路に帰省して遺産分割協議書に皆でサイン押印をしてから帰宅してから1ヵ月で登記が完了したことになる。

結局出向いたのは、
ぼくは市民センターで:住民票、戸籍謄本、印鑑証明、固定資産評価書を取り、
ネットで法務局に土地の全部事項証明書を取り、
兄、妹も市民センターで:住民票、戸籍謄本、印鑑証明をとり、
妹は市民センターで:お袋の除籍票、戸籍謄本を取ってもらった。が、これでは不足で、
ぼくが、青森県の役所にメールしてお袋の戸籍謄本があるかどうかを尋ね、
青森県の役所で:お袋の2通の戸籍謄本を郵送してもらった。

戸籍謄本は一通750円であり、これを郵便局で定額小為替を買ってそれを同封した。

いずれにしても、お袋の戸籍謄本を結局5通も取ったことになり、これが一番の面倒なことだった。

前もって、両親あるいは祖母・祖父等の本籍を押さえておく必要がありそうだ。
市民センターや法務局の窓口の人は親切で分からないことは教えてくれるので勉強になった。

母方の曾祖父の父親の名前まで分かって、楽しい経験をした。この場所へ兄や妹と一緒に行こうと云うことになった。親父の曾祖父は三重県から北見へ屯田兵として一家で北海道に渡ってきているが、その曾祖父の出てきた場所にも行ってみたい。

2014年10月25日土曜日

フクロウの巣穴の下層部のペリットの内容物 The contents of the lower pellets in the Ural Owl's Den.

6月2日、湯河原の白銀林道沿いのフクロウの巣穴のペリットを掘り出した。
フクロウの樹洞の巣穴を除いて底に溜まっているペリットを写す。
フクロウの事は良く知らないが、巣穴の底に溜まっているのだから、ここで孵化した
ヒナたちが吐き出したペリットであるのは間違いないだろう。
ぼくが手を入れて掻き出した。
薄ピンクのビニール袋の上は、上層部のペリットだ。
巣穴から覗いて見たものとほぼ同じ色だ。
白ビニール袋の上は下層部のペリットだ。

この下層部のペリットの分析がまだであった。
先日、物置に置いている白ビニールを取出し、
園芸用の十能でペリットをすくって金タライに空け、
水に浸けて、掻き回し全てに水が滲みるようにして、3時間くらいおいた。
上部に浮いた木片は園芸用の篩いで、5ミリ以上の大きさのものを取り除く。
取り除いた5ミリ以上のものを鉢受けに空けて、そこに骨片があれば拾い出す。
残った5ミリ以下の物は水を容れては掻き混ぜ、浮遊物を取り出す。
これが一番大変だ。浮遊木片に歯などが付着していることがあるからだ。
最後に残ったものは0.5ミリメッシュの茶漉しに空けて、骨片などを拾い分ける。
それが、これだ。巣穴にあった上層部のペリットに比べると圧倒的に骨片や歯が少ない。

上は歯を除いた骨片
A:上腕骨(但し①は③はモグラの橈骨、B:尺骨、C:大腿骨うD:脛骨と腓骨の一部、E:橈骨、
F:モグラの爪、G:モグラの拇指の基節骨の横にある鎌状骨、H:頭蓋骨、
I:この骨が不明(哺乳類の骨ではない)、J:脊椎骨、K:肋骨

上は下顎骨や上顎骨を含む歯
①:ジネズミ、②・③:スミスネズミ、④・⑤・⑥:ヒメネズミかカヤネズミ
⑦・⑧:アカネズミ、⑨:スミスネズミの臼歯
⑩・⑪:モグラの臼歯、⑫:アカネズミの臼歯
⑬:スミスネズミの右上切歯、⑭・⑯:アカネズミの左右の上の切歯
⑮:ヒメネズミかカヤネズミの右上の切歯
⑰:ヒメネズミかカヤネズミの下の切歯

白銀林道付近にはヤマネがいないのだろうか?
ヤマネの歯が出てこないか楽しみに調べているが、まだ見つからない。
また、林道周辺にはハタネズミ亜科の動物はスミスネズミだけのようだが、
ネズミ亜科にはアカネズミの他にヒメネズミ、カヤネズミさらにはハツカネズミもいるだろう。
それらを歯で区別するには、歯根の数や歯冠の山や谷の状態を歯式の順番に応じて
しっかり押さえなければずーと同定できないことになる。

切歯の左右の厚さからハタネズミ亜科かネズミ亜科が区別できるが、
(参照:HPの自然・動植物→哺乳類の頭骨と骨→歯→アカネズミとハタネズミの切歯の違い)
ネズミ亜科はアカ・ヒメ・カヤ・ハツカと4種類もいるが、一番大きいのをアカネズミとし、
他は今のところ区別できない。

ようやく巣穴に溜まっていたペリットの下層部分に入った訳なので、
全て終わるまで、ヤマネ生息の有無もわからないし。
フクロウがヒナの餌としてどの動物をどのくらいの割合で与えているのかもまだ不明である。
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膵臓癌で入院していた連れ合いのすぐ上の姉がホスピスに移動した。
ホスピスではお酒も飲めれば好きな食事の出前を取っても良い。
そんな訳で一緒に食事しようとと秋津にある病院まで電車を3回乗り継いで行ってきた。
帰路、電車の中で、連れ合いが「エ!」と驚いて、彼女の携帯を見せる。
連れ合いの一番上の姉の夫が脳幹梗塞で倒れたいうのだ。
先日の江の島花火大会の時にはその家に行って花火を見た時は元気だったようだ。

従弟は胃癌の転移で逝ってしまうし、周りは皆はいつ逝ってもおかしくない年齢なのだ。
従弟は胃癌が見つかった時はもう周囲に転移していた。
胃癌ならもっと早くから胃の調子悪さに気が付いていた筈だ。
来週は友人の快気祝いでホテルを確保して東京で飲むのだが、
その友人は前立腺癌の可能性があったので取り除いたのだ。
早期発見は完治に結びつく。
調子が悪い場合は検査を面倒がらずに受けたいものだ。

2014年10月20日月曜日

テンはサルナシを主に食べていた。 Marten has eaten mainly the arguta.

17日の実習の続き
今回見つけた食肉目の糞はテン糞が2個だけ。いずれもヤビツ峠付近であった。
9:41、ヤビツ峠近くでテン糞
サルナシの果皮・果肉とサルナシの種子、不明種子1個
上の糞を洗って出てきたサルナシと不明種子
 大きな不明種子を裏返した。
これはカマツカの種子だろうか?
10:15、ヤビツ峠を過ぎてから
サルナシの果皮・果肉・種子
9時41分に蓑毛から登っていってヤビツ峠の近くで見つけたテン糞には、
サルナシの果肉付き果皮(果皮付き果肉)に何故か長径4.5ミリにおよぶ大きな種子が一個だけ混じっていた。アケビの種子よりも一回り小さなものである。
この果肉も果皮も無いので判断がつかない。

不明種子は別にして、10月3日、9日、17日と大山・見晴台・唐沢峠の道標がある三叉路から唐沢峠方面の989ピーク間(緑線区間)は3週連続して歩いたことになる。
3日、9日は大量のヤマボウシとカマツカの実が落ちていたが、17日は非常に少なかった。
動物たちに食べられたと思われる。しかし、これまでカマツカの種子や果皮が出てきていないのはどうしてなのだろうか?と思って、まだ木についているカマツカの実を5個もぎ取ってきたが、いずれも黒褐色の小さなシイナ(未熟種子)であった。
カマツカの果実は動物たちにとっても食物となっていると思われるのにちょっと不思議だ。
で、2008年から糞の内容物の資料を検索してみた。エ?と驚いた。
エクセルにぶち込んでいるので、カマツカと検索したら、昨年11月に土山峠のテン糞で見つけた1例だけだ。
カマツカは食べられてはいるが、種子は未熟なシイナのため確認されないということなのだろうか?でも、果皮は分かる筈だが、、、、。

もし、カマツカの果実は食べられてはいるが、果皮も消化されやすいとすると、種子がシイナが多いため確認しずらくなる。
イタチ、テン、タヌキなどの野生動物の飼育者にお願いして、動物たちにカマツカの実を食べさせてもらって糞の消化の状態を確かめるよりないかな?

2014年10月19日日曜日

蓑毛ー大山で出会った秋の花 The Autumn flowers met between Minoge and Ooyama.

先日の丹沢実習で、出会った秋の花たち

 セキヤノアキチョウジ
 センブリ
センブリが蓑毛・大山・梅ノ木尾根コースではところどころで見られた。
葉を一枚もらって咬んで食べてみた。苦い、凄く苦い。
根が苦いと思っていたが、調べると花も葉も茎も根も苦くて胃薬として使われるようだ。
さらに、育毛・発毛効果もあるようだ。

子供の頃、ゲンノショウコやオオバコをたくさん採ってきて洗って庭先に干したものだ。
それを、100匁○○円で買い取りにくる人がいた。
ゲンノショウコやオオバコに乾燥させたミミズを鉄瓶で煎じたものを頃祖母に飲まされた。
確か、丈夫な身体になるためだと言われた。白くふやけたミミズが気持ち悪かった。

今夏のインド旅行で買ってきた紅茶は、紅茶というよりも薬草だ。
高級品を選んで買ってきたのだが、、、、。
お茶やコーヒーももともとは薬として飲んでいたものだということが良く分かる。
白花のセキヤノアキチョウジ、青花と一緒にあった。
ヤクシソウ
 リュウノウギクは仏果山山頂付近岩場のものが良いかな?
 リンドウ
これら全ての植物はさまざまな薬効があるのだろう。
最近は、キャベツか小松菜、ホウレンソウの類しか食べない。
もっと、さまざまな野菜を食べるようにしたいものだ。

2014年10月18日土曜日

地面の上に幼虫たちが蠢いている。  Larvae of Black March Fly were wriggling on the earth.

女子学生のTとKさんが梅ノ木尾根上の尾根道で林床に巣食う芋虫の大群を見つけた。
何やってんだ。この毛虫たちは?
丹沢実習のアシスタントで神奈川県のパークレンジャーをしている卒業生Matushima君は
一度調べたことがあると言って、その名前を教えてくれた。
ハグロケバエ(Bibio tenebrosusu)というハエの仲間の幼虫のようだ。
この幼虫たち、枯れ木や枯れ葉などを食べて土に戻してくれる素晴らしいヤツなんですね。
しかし、何故これまで見たことがなかったのだろう。
毎年、秋にはこのように林床の表面をウジャウジャかたまっているようなんです。
この梅ノ木尾根の日向薬師近くは林床には枯れ葉がしっかり覆っているからかな?
春になると羽化して、黒っぽいスマートな身体で飛び回っているようです。
目がギンバエのように大きなヤツが♂で目が小さく左右に離れているのが♀のようです。

一人で歩いていても面白いが大勢だと思わぬモノを見つけてくれるものだ。

丹沢実習:蓑毛・大山・梅ノ木尾根・坊中 The Tanzawa out door exercise! 

昨日のTCA専門学校の丹沢実習は
蓑毛・ヤビツ峠・大山・梅ノ木尾根・坊中のGPSの記録では、15.5キロの行程であった。
ヤビツ峠では大山から降りてきたSakaiさんに声を掛けられ、大山山頂では
昨夏鍋割山に一緒に登ったNakajimaさんの妹さんにあった。

大山から雪を被った素晴らしい富士山を眺めることができた。

写真は、ヤビツ峠からの道と南からの道の合流付近で
 学生たちに入ってもらったが、富士山が霞んでいる。
流石に大山で山頂には登山者が多数いた。売店で売っている缶ビールを飲んでいる人もいた。
11時半にぼくらは大山山頂のパラボラアンテナの側でお昼にした。
汗をかいていたので、日陰に座ったが寒かった。日向で丁度良い温かさだったようだ。
ぼくはちょっと、大山北尾根の入り口を探した。すぐわかった。アルミの脚立がかかっていた。
30分のお昼を終え、12時に大山山頂を出発。
帰路、ぼくらは見晴台方面には向かわずに唐沢峠方向に下った。Ya君たちは何かを見つけた。
アオバトだった。
梅ノ木尾根を下った。このコースでは登ってくる一人の登山者に会っただけだった。
この後、先週クマ糞を見つけた付近を走るようにして下り、梅ノ木尾根の入り口をまで急いだ。
登山道からロープを跨いで梅ノ木尾根に入る。
野鳥に興味をもつ学生たちが多いので、小鳥たちが飛び立つと、カメラを向ける。
宿泊実習なら気持ちのゆとりもあるが、秋の日の暮れる速さを思うとゆとりがない。
しかし、学生たちはほとんど気にしていない様子。ぼくが急がせたため、彼らは好きな鳥たちも十分見られなかったと思う。
明るい内に日向薬師に着けるかどうかぼくだけが焦った気持ちで下っていた。
8時5分伊勢原駅前発の蓑毛行のバスに乗り、8時32分にはもう歩き始め、
11時半に大山でお昼を食べ、12時に大山を出発して、坊中には15時10分に着いて、バスに間に合った。4人の女子は男子5人と変わらない健脚だった。

2014年10月13日月曜日

テンはジネズミを食べた。  A marten ate a Dsinezumi Shrew.

このクマ糞は全てヤマボウシの種子と果皮・果肉が細かく粉砕されたものよりなっていた。
11時13分、テン糞
見ての通り、アケビの種子が見える。これを持ち帰って水洗いしてみると、
バッタの足と産卵管およびバッタの外骨格の一部がでてきた。 
12時15分、テン糞
サルナシ果皮付き果肉と種子、ハチ(膜翅目)の腹部と胸部の外骨格、
およびジネズミの毛と骨片、下顎だ。 
出てきた、ジネズミの毛と骨片、歯である。
黒線で囲ったAの上は上顎の左右のトガリネズミ科Soricidae独特の第一切歯である。
A内の下は左右の下顎骨だ。
B内は上顎骨と上顎の臼歯である。
ところどころに2、3ミリの黒い毛が見える。
これは、歯の先端が赤褐色に染まっていないので、ジネズミ属Crociduraであることが判る。
となると丹沢に生息しているのだからジネズミC.dsinezumiだ!
で、手持ちのジネズミの歯と比べた。
まさしく、ジネズミそのものだ。

これまでに、テンやタヌキの糞からジネズミが出てきたことがあったかな?

2014年10月12日日曜日

ネコ! A Cat!

テレビでは台風19号のニュースをやっている。
ベルギーにいる友人のBurtonさんからも広島の土石流災害、御嶽山の爆発事故についてメールがあった。そうしたら、昨日、この台風に関するお見舞いメールがきた。
日本は地震、火山、台風、豪雨と自然災害にいつも襲われている。
そのため、災害をいつまでもくよくよ考えていないで、終わったことはサッパリと忘れて
新たな一歩を踏み出していくということが、この災害列島の日本で生活してきた
ぼくらの特性かもしれない。だからこそ第二次世界大戦でめちゃめちゃヤラレタのにも関わらず
すぐ忘れて新たな一歩を踏み出して来られたのだろう。
ある意味で、過去を振り返らないという良い面があるが、、、、、、、。

先ほど日差しが出てきたので、庭の面するガラス戸を開けたら
お隣さんの門の上にネコが座ってこちらを見ていたが、目が合うと慌てて飛び降りてお隣の
庭を悠々と歩いている。こちらを見た!
あれぇー、コヤツは我が家の駐車場に寝泊まりしていた猫吉と名付けたヤツではないかな?
もう一度こちらを向け!とカメラを持ってねばったが、行ってしまった。
で、調べたら2008年9月に初めて、駐車場の隅をネグラにしていた子猫のネコキチがいた。
こんなに白い身体はしていない。でも顔の感じが似ていた。

今日はこれから専門学校のチャレンジキャンパスだ。
タイトルが学校側から与えられた。参加者もそれを聞きにくるのだろう。
でも、いつもそうだが、参加者は多くても3、4人だ。
参加者の反応を見ながら話題を変えていかなくてはならない。

小雨の中を,,,,,,  In the drizzle,,,,,

クマ糞があまりにも太いのでいつもの10円玉とカメラのレンズの蓋を置いて撮った。
このクマ糞があったところは、大山山頂へ電気をおくる送電線の下である。
送電線の下も電気会社が維持管理のために歩くため、大きな木は伐採され、ブッシュ状態になっており、上部に近づくにつれてシカ柵の横を歩いたり、送電線の下をあるいたり、モノレールに沿って歩いたり、ともかく登山道を目差して歩く。
送電線の張られるカーブで登山道に近くなったことを知る。
ザックを下ろして先ずはスポーツドリンクだ!このところスポーツドリンクは登り始めから少しずつ飲むようにしている。そのためか以前はすぐ腿や脹脛が攣ったものだが、このところ攣ることはなくなった。
ザックは泥だらけ!何故こんなに汚れたのかと思うほどだ。
それだけ、ブッシュを搔き分け、潜り抜けてきたということだ。
この尾根のピークにはもと立派な建物があったのではないかと思わせる土台のコンクリートなどが残されている。
分かるだろうか?中央左に古いシカ柵とモノレールの終点が見える。右上に送電線、右下に建物の土台が写っている。
広々としているが寒々しい。
9時48分:登山道に出るとこの道標があった。
日向キャンプ場の駐車場に車を置いて出発したのは7時22分だから2時間26分もかかっている。
この尾根の入り口になる。登りは大変だが、日向キャンプ場へ直接下るなら、モノレール沿いに下れば間違いなく行ける。
こんな大きなカモシカ糞が登山道上にあった。
さらに、これはカモシカ毛かな?
この毛が階段の3段くらいの丸太に付いている。身体を擦ったようだ。
大山山頂・見晴台・唐沢峠の分岐から見晴台へ
テン糞を一個見つけ、さらに下る。単独行の登山者に会う。
二人連れの女性パーティも登ってきた。流石に大山へのコースだ登山者が多い。
中高年の男子も昔の登山者の恰好ではない、下はタイツを履いて半ズボンだ。
山ガールから始まった再燃した山ブームは登山者のスタイルを変えた。
見晴台では工事関係者が北側の見晴らせる側に杭を打っていた。
危険防止用の柵を作っているようだ。余計な事だが、、、、。
11時54分:アメリカンドックと小さな小さなインスタント蕎麦を食べ終えて見晴台を出発だ。
ガマズミの赤い実とともにツリバナの赤い実も目についた。
道をそれてマルバダケブキの写真を撮っていると、一人の登山者がこちらに間違ってきた。
ガスっているので、ぼくが居るところが登山道だと思ったようだ。
日向キャンプ場へ降りる道標があるところだ。先週はここからキャンプ場におりたのだ。
12時12分:っと、2分もかからないで大きな地蔵さんがいるところにきた。
ここから日向林道まで見晴台で先に下りていった二人連れの中高年女性に追いつき、追い越す。
が、下りてきた二人の単独行の中高年男生の追い抜かれる。
彼らの姿はみるみる見えなくなる。一人はぼくよりもはるかに年上だった。
何がぼくと違うのか、彼ら二人は細くて身軽だ。ぼくは足を下ろすだけでヨイショとなる。
12時43分:ようやく日向林道につく。お地蔵さんからまもなくテン糞を一個ゲットしたので、
辺りに目を光らせながら、もうゆっくりゆっくり降りてきた。
そのためだろうか?今回は筋肉痛はないのだ。
12時49分:ゲートの横を通ると車が止まっていた。山水を汲んでいるのだ。
ここから駐車場まではすぐだ。
12時51分に車に戻る。GPS上の歩いた距離は8.7キロだった。
帰路、ぼくを追い抜いていった単独行の人たちが坊中のバス停まで歩いていた。
止まって「バス停まで乗りませんか!」と声を掛けてあげれば良かった!
声を掛けなかったことを今でも後悔している。