「特定秘密保護法反対」

「特定秘密保護法」、「集団的自衛権」に反対します。憲法第9条をしっかり守りましょう。教育勅語の教材活用は間違いだ!

自由であっても、他人の生まれ、性別、年齢、故郷、風習、宗教を差別する、小馬鹿にする、冒涜するのは許されない。

原発不要・核廃絶


2009年8月31日月曜日

小選挙区制は民意を反映する?

ぼくは、アフリカに行っていた時は別にして国内にいる時は、国政選挙や地方選挙の投票を欠かしたことがない。
今回は、驚いた。
投票所となる小学校の玄関から投票しようとする人の列ができて外に溢れ出ている。
少なくても今まで経験したことがないことである。
さらに、まるでスーパーの買い物に行くように子供連れで投票にきている人たちが多く目に付いたことだ。
人々の今回の選挙に対する熱意を感じた。
並んでいる列をみて、もっと電子化したら良いのにと思っていたら、選管からの用紙は電気的に読み取られて次に進む。以前のように名簿を括って名前をチェックするというやりかたから違っていたのも驚いたことの一つだった(これは全ての投票所でも同じだったのかな?)。
帰路、小田急線の線路沿いに咲くフヨウの花が目についた。
やはり、トルコの乾燥したところに咲いていたのはフヨウの仲間だ。
今回の選挙で、480議席のうち、民主が308、自民が119の当選者のようだ。
この2大政党で88.9パーセントの議席を確保している。
確か、選挙前の民主+自民支持者を合計しても50パーセント前後だった筈だ。
小選挙区制によって5人立候補しても一人しか選ばれない。
他の4候補を指示した民意は反映されない。
それを補うものとして比例代表制を取り入れているが、これも区割りしていることである。
比例代表制は国政選挙なのだから地方の区割りをやめ、全国一つでやるべきだ。
小選挙区制から中選挙区制に戻すべきだ。
民意が白か黒かの二つでわけられない。
ましてや今は多様な生き方をしている人たちが多く、多様な考え方に溢れている。
小選挙区制は「流れ」とか「風」だとか、非常に恐ろしいファシズムをも生み出す恐怖を感じる。

トルコの自然(3)果実の木の国

21日はパムッカレからコンヤへ向った。
途中のレストランでトルコ風ピザをたべたり、コンヤでは舞踏教団メブラーナ教の博物館(下)を見学したり、夕食を兼ねてレストランで神秘的なメブレビー教団の旋舞を鑑賞。
お昼にピザを食べたレストランの周辺は果実畑のようであり、それはトルコの街路樹も果実のなる木が植えられていたりして、乾燥したトルコの大地はまさに甘くおいしい果実を生み出すところだった。
下は、レストランの壁や回りを囲むようにツタのように植えられていたノブドウ(の仲間だと思う)。
街路樹にもグアバが植えつけられており、トルコではオリーブ同様に自然木のような感じだ。
プルーンやネクタリン、リンゴが道沿いの果樹畑にたくさん植えられている。
もちろん、昼食に立ち寄ったレストラン近くの街路樹のネクタリンはまだ硬かったが一つ食べた。
トルコでリンゴがなる?リンゴは冷涼な地域の果実だと思ったが、トルコは朝・夕は半袖では寒い。そのため美味しいリンゴもたくさん作られている。
下も昼食のレストラン近くで見つけたリンゴの木。
他にブドウやスイカが目に付いた。いずれも、甘みが濃縮されていておいしかった。ぼくは柑橘類がたくさん植えられているのではないかと果樹園があると目を向けたが、ぼくが今回通ったところでは目につかなかった。

2009年8月30日日曜日

トルコの自然(2)パムッカレ続

21日の朝、ホテルで朝食をすまし、300キロ東方にあるコンヤへ向う。
昨日のパムッカレの石灰棚を下から仰ぎ見る。
まるで、塩の山だ。8時を過ぎたばかりなのにもう観光客が歩いているのが見える。
石灰棚をバックに集合写真。寄りかかっている柵のすぐ後ろに石灰棚から流れて落ちてきた温水池がある。もちろん、すぐ側までいって池の水に手をつけ舐める。生ぬるい水だ。
手をつけたらメダカが寄ってきた。それをみて嬉しくなった。このようなアルカリ性の水の中にもやはり生き物はいるんだ。コケを食べているのだろう。
メダカの仲間だ。わかるかな?クリックして拡大してみて!
ぼくの名前を呼ぶ声がするが、他に何かいないか探しているとオタマジャクシをみつけた。
大きなオタマである。餌が豊富であるとも思えないので、共食いでもして大きくなってきたのだろうか。それともプランクトンのようなものを食べているのか?生き物たちの生存力に脱帽だ!
干乾びたような土には、ベンケイソウの仲間のような花が咲いている。
このパムッカレにも古代都市ヒエラポリスの遺跡が残っている。

2009年8月29日土曜日

トルコの自然(2)パムッカレ

エフェス(エフェソス)の古代遺跡から車で移動して、パムッカレの石灰棚を見に行く。お昼を食べたので、着いたのは午後4時を回っている。
それでも、凄い欧米からの観光客の数だ。
ここにもたくさんの遺跡が転がっているので、欧米人にとっては日本人の邪馬台国の遺跡を求めてきているようなものなのか?
不思議な景観である。この景観の小規模のものも見たことがない。
ガイドの説明によれば、観光客の増加によって立ち入り禁止区域も増加したようだ。
それは、そうだ。夕方近くなのにこのような人込みである。
36度はあるという温泉のようだが、ギラギラ日差しなので温かくないという水温である。
ご覧のように欧米の人々は裸になって、温水に使っている。
ぼくは、水の中に生物がいないか探しもとめたが、ダメ!
石灰だからアルカリ性が強いせいだろうか?しかし、翌日見つける。
切符売り場近くにいた、痩せイヌ。お尻を撫ぜるとついてきた。中型犬より少し大きめだ。このような雑種が欲しい。何よりも目がおとなしい。食べ物がないのが残念だった。
フヨウそのもののような花。乾燥に耐えている。
ウリ科なのか?つる性の赤ん坊の握りこぶしほどの花。左がその蕾。
ここには別の白い花も見える。
チューリップがトルコ原産だと知った。夏場の高温と乾燥に耐えるには地中の根茎状態で過ごすように適応したのだ。ヒヤシンスなどの春先の球根類も地中海や中近東の夏場に乾燥する地帯が原産地だ。そう云えば夏場に枯れるシクラメンもトルコなどの中近東が原産のようだ。
植物は1年間の気候に応じた特別な適応の仕方をしている。とここまで書いてきて動物も同じだと気がついた。

2009年8月28日金曜日

トルコの自然(1のコウノトリ)

コウノトリがいた石柱に近づいてみると、巣があるようだ。
麦藁のような枯れ草が分厚く積み上げられている。
ヒナでもいるのだろうか。
親鳥とおもえる個体がしきりに巣材の藁を修理しているようすだ。
これが丹沢での出来事なら、時間を気にしなくても良いのだが、ツアーとなれば皆の後を追いかけなければならない。
コウノトリなんて見たことがないが、絵本に出てくるような場所で営巣しているのだからコウノトリで良いのでしょうネ!
しかし、日差しを遮るものがないのに、暑くないのだろうかと心配した。
さらに、古の人々が直径2メートルもありそうな石を積み上げていく技術に、ぼくはクラクラしてしまった。

トルコの自然(1)

ここでは、数回にわたってトルコ旅行(イスタンブール・イズミール・パムッカレ・コンヤ・カッパドキア・イスタンブール)について気が着いたことを述べる。
国内便と車での移動の旅行社の企画旅行なので観光地めぐりである。
そこで見られた動物・植物・自然について簡単にアップし、詳細はホームページの載せていきたい。

先ず、いきなりエフェス遺跡:
ご覧のように乾燥した大地にこの中央アジアの国トルコがある。
ここはかってクレオパトラもやってきた港町だったようだ。
が、今は海から離れている(これがちょっと理解できない)。
下は度肝を抜かれた図書館!
まるで混み合った海水浴場の雰囲気。
熱気ムンムンの肌を露出して日焼けして痛そうな欧米女性や太ったおじさん、おばさんたち。
そんな人ごみの中にネコちゃんがいるんです。
トルコはネコ天国?と思えるほどネコがいて、撫でても逃げません。
紀元前の遺跡は、レリーフを撫でたり頬ずりしたり触りほうだいである。
そんなところに生えていた巨大なマツバボタンのような植物。
ラッセルルピナス状に咲いていた花
遺跡はもっと修復すると良いのにと思う程、ごろごろ転がったまま。
石柱の上に動くものが、コウノトリだ!
トルコは雨が降るのは秋から春で、夏は乾季のような状態で雨がほとんど降らないようだ。
それでも乾燥に強い植物が生きている。
植林もされている。
トルコの生き物は大地に生活しているのではなく、巨大な岩の上に生活できるように適応してきたかのようだ。

2009年8月26日水曜日

日本食に焦がれたトルコ旅行

19日から今日26日までの8日間のトルコ旅行であった。
全てにわたって旅行社任せの3家族6人のツアーであった。
自分で安チケットを買い、現地の空港に着いたら、現地のお金に替え、乗る車の交渉をし、ホテルで部屋の有無を確かめ、帰国便の予約確認をしなければいけないこともなく、食事をとるレストランも動き回るスケジュールも決まっている。
これまで、海外に出たなら、現地の物を食べることをモットーにしてきた。
トルコはトルコ料理を期待していた。が、3食全て決まったトルコ料理には二日目で辟易してしまった。あんなに期待していたトマト、豆、ナス、人参、肉料理、パンなのに胃が受け付けなくなってしまった。
美味しく豊富なリンゴ、ネクタリン、オレンジ、ブドウ、スイカ、メロンでさえも、、、、、、、、。
暑さと足を引きずっての歩きに疲れ、あるいは朝からのビールやワインに疲れ、へとへとになって帰ってきた。

杉本様、五島様、コメントありがとうございました。
上は雲海の中から富士山だけが顔を出して出迎えてくれた。感激!

2009年8月18日火曜日

甲府から身延線

突然の訃報で、身延線の中央市まで往復した。
小田急線・横浜線・中央線・身延線と乗り継いだ片道3時間の旅程であった。
身延線はこれまで4、5度乗ったが、寝ていたので周りの景色を見たことがなかった。
車窓から見える景色に、ある種の懐かしさを覚え子供のように外を眺めた。
横浜線では乗り降りするのに自分でドア右のボタンを押してドアを開けるのに、驚き。
中央線では中央高速道路と並行して走る電車に車に負けるなと応援し。
電車から声が届きそうなところにある家々の佇まいに安らかな気持ちになった。
(下は、勝沼付近のブドウ畑)
通夜の葬儀は、遺体に向って右女子、左男子で親族だけが会場に座り、知人・友人は会場外で待機するというものであった。
一人の息子と従弟を残して53歳で逝ったまゆみさん、、、、、、、、、!
娘を失った両親のことを想いながら、同じコースをもどる。
冷房が効き過ぎた閑散とした車内であった。

2009年8月17日月曜日

あのカマキリの卵塊から、、

2月に野生動物探検隊で湯河原の林道で採集した、カマキリの卵塊の一つを庭のウメの木の枝につけておいた。
6月頃、卵塊から糸状・粉状のものが垂れ下がって子供カマキリたちが孵化したことを知った。
今、庭に放ってあるプランターから勝手に生えてきたタメトモユリ?の花弁にカマキリをみつけた。
まだ、大きくはない。それでもぼくが近寄って撮ろうとすると頭をこちらに向けて、生意気なポーズをとる。
この狭い庭なのに、せっかく生えくる青ジソの葉がショウリョウバッタのチビに毎年食べられる。
庭を歩くとショウリョウバッタのチビが跳びはねる。
このカマキリたちがバッタを食べてくれると少しはシソの葉を利用できるのだが、、、。
昨日は葛西の専門学校でチャレンジキャンパスだった。
短大を出てすでに数年勤めているという女性一人がきた。
野生動物保護専攻を希望だ。
今年は、現役の高校生のほかに大学生やすでに勤めているという若者がチャレンジキャンパスにきている。
彼等の期待に対応できる授業や実習になっていると良いのだが、、、、。
だが、2年間で野生動物保護のプロを養成するには学校の体制もさることながら教員も学生も熱心に取り組まなければならない。

2009年8月16日日曜日

森の中の寒川神社

昨年に引き続いて2度目の相模薪能である。
寒川神社の境内は10メートルもありそうなカシの仲間の常緑樹が鬱蒼と茂り、ヒンヤリしている。
セミが小雨が降るごとく鳴き続け、アゲハチョウが飛び、小鳥も飛び回る。
これだけの人々の騒々しさや熱気も境内の緑の木々に吸い込まれる。
薪能の舞台が正面であり、左右から木々が覆いかぶさる。
最初に、出演者の野村萬斎さん等へのインタビューがある。
何故か、撮影禁止だ。
出し物は「鶴亀」と「土蜘蛛」などであった。
テレビで観る能舞台の声もそうだが、日本語なのに言葉がつかめない。
わからない。
インタビューで野村萬斎さんは、
「海外の音楽でも言葉がわからないのに熱狂できる。ビートルズの歌詞は聞き取れないが好きだ!というように、能の言葉がわからなくてもその音楽性を好きになってもらいたい。」と話していた。
以前、ウィーンの劇場でオペラを観た。出し物はトスカであった。
言葉はもちろんわからないが、言葉とジェスチャーからほとばしる演技者の感情が伝わってくるので、そのストリーが分かる。
が、能はその余りにも静的な動きの中に演技者の感情が伝わってこない。 もう、ぼくは日本人ではなくなってしまったのかなと思ってしまう。それともぼくの音楽性が欠如しているからだろうか?
能の話し言葉を多くの人々が理解しやすいようにできないものなのだろうか。

2009年8月15日土曜日

リズムのあるミンミン

朝から良い天気
今日も外には出ず、家の中で過ごす予定。
ミンミンゼミが鳴いている。
鳴き方にリズムがある。
尻を前後に振るミンミンを撮っていたら、違うセミが、、、
アブラ(下)がミンミン(上)のそばによるとミンミンが嫌うように移動する。
丸4日間、外出せずに、左足の様子を診ている。アキレス腱炎になってから4日間も外出しないで部屋に閉じこもっていたのは始めてだ。
部屋の中を歩くのは全く痛みを感じず不自由しない。
4日間の休養で治ったかな?
今日は、これから寒川神社で行われる「相模薪能」を観に行かなければならない。
車で連れて行ってもらえるので、ほとんど歩かないので大丈夫だろう。

2009年8月14日金曜日

不思議な大豊作

我家の軒下のヤマイモである。
イモの残りを植え付けたのは、もう4、5年前、毎年ツルが伸びるので、支柱を2本立ててやっていたが、晩秋にムカゴを採れたのは、せいぜい10個くらいなものであった。
しかも、大きさも5、6ミリ前後のものであった。 今年は、ご覧の通りである。
マグカップにゆうに一杯以上は収穫できそうだ。
この異変に気がついたのは7月下旬であった。
ヤマイモはこのような雨曇りのような気象条件だとたくさんムカゴをつくるのだろうか? 我家のヤマイモがたまたまこのようにたくさんのムカゴがついただけなのだろうか?
昨年はたくさんムカゴをつけ今年は花数も多かったカサブランカは一つもムカゴをつけていない。毎年、楽しませてもらっている丹沢のヤマイモのムカゴはどうだろう?

2009年8月12日水曜日

自転車で道内一周を終えて!

今、NHKでウィーンからプラハへサイクリングした、
二人の日本人青年のドキュメントが取り上げられていた。
プラハの街を流れるモルダウ川やカレル橋をたくさん写してもらいたかった。

が、4日、釧路から戻るときに、釧路空港前で、自転車を解体している青年を思い出した。
下の彼は道内をこの自転車で回ってきて、釧路空港からは解体し折り畳んで、一つの手荷物として預けて羽田に飛ぶという。
彼に写しても良いかたずねてOKが出たので撮ったのが上の写真だ。
旅行の仕方もいろいろだが、このようなやり方は今風で素敵な思い出になるなと思った。
名前や住所を聞いておけば良かった。
この写真を送ってやりたい。

僅かの晴れ間の梅干し

7月下旬に咲き始めたカノコユリがまだ蕾をつけている。
今年は20個の蕾をつけた。
雨上がりの陽差しの中で眩しい。 今年は、梅を干すのが大変だ。
僅かの陽射しを見つけて、このザルを部屋から出すのが役目だ。
ぼくの部屋は梅干の酸っぱい香りが発ちこめる。
この梅干の多くはぼくが山に行く時のニギリメシの種となる。 それにしても、今年の天候はどうしてしまったのだろう。

秋田の奈良漬で捕まったクマは痩せていたようだ。

秋田の山では木の実がしっかり稔っていないとのこと。

丹沢はどうなのだろう。まったく丹沢へいかなくなって2ヶ月が過ぎた。

ブナの実、コナラやミズナラの実、サルナシ、ガマズミは?

丹沢のサルたちを含む、動物たちにとっては今年の天候がどのように影響しているのだろうか?

秋田のクマと同じように果実を捜し求めていることだけは確かだ。

2009年8月11日火曜日

台湾・知本温泉の思い出

この写真は知本温泉を流れる川で魚を採っている人を写したものである。
両手に網を持っている訳ではない。
ザックを背負っているのでもない。
背には自動車の12ボルトのバッテリーを背負っている。
両手の竿の先には、バッテリーの電極からの+と-となる。 石の下や岩陰に潜んでいる、ハゼの仲間に対して、+と-の電極を近づけてスイッチを入れることで水中を電気が走り、魚はショックを受けて浮き上がる。
もちろん禁止されている漁法だ。
中国大陸の渓流沿いを車で走っていると、爆音と共に水柱が立ち上がる。ダイナマイトで魚をショック死させる漁法だ。
似たような漁法?がアフリカで行われていた。
渓流に大きな石があると、その石に向って大きな石をぶつける。
すると石の下に隠れていた魚がショックで浮き上がるというものだ。
これはまだ可愛い。
生物資源を守るには獲るやりかたを100年前に戻すことだ。
今朝も地震だ。長くけっこう大きく感じた。大地が揺れる地震は嫌なものだ。

2009年8月10日月曜日

台風で被害

台風がゆっくりと北上している。
この台風の豪雨によって、台東県知本温泉で豪流がホテルの土台を洗い、ホテルが倒れる衝撃的映像がニュースで流された。
そして、石垣島の港に船が係留されている様子をTVニュースで見た。
知本温泉の川は下記の写真の川である。
もう40年前から何度かタイワンザルの調査で行ったところである。
知本の奥山、この山々に豪雨が降ったのだろう。
石垣島の港は40年前の台湾往復に何度か立ち寄っている。
当時は、港の回りには何もなかったが、TVのニュースで見る港の風景はビルが立ち並び当時の面影がない。
港は透き通るような緑の海であった。
沖縄や台湾からの船はそこに立ち寄り、船の汚物を港内に流した。
みるみる緑の海は茶色の汚物で濁った。
が、大小の魚がたくさん寄ってきてそれらを争そうようにして食べた。
台湾までの東シナ海の航路は船酔いとゲロゲロとトビウオの思い出がある。

2009年8月8日土曜日

八月蝉い

昨日は、ぼくにとっては今夏始めての関東地方の真夏の暑さを味わった。
そして、このアブラゼミのジージーと鳴く八月蝉ささである。
庭のアメリカハナミズキの幹にいるヤツを網戸越しに見つけた。
口を幹に突き刺して汁を吸っている。
網戸を開けて撮ろうとしたら、もう一匹が左上から横歩きで出てきた。
が、すぐまた裏に隠れてしまった。
コヤツは微動だにせずに一心にストローで樹液を吸っている。
オスかメスかは判らない。
が、少なくても写している時はお尻を振らなかった。 今日も、専門学校へ高校生向けのチャレンジキャンパスで出向かなければいけない。

今、中国や台湾でも有名なタレントが逃避行動を続けている。
北京のファンの声で「有名人は人の模範とならなければいけない」とコメントをしていた。
このコメントにハッとした。
有名人はもちろんのこと、教師も警察官も裁判官や政治家も、社長や課長も父親や母親も隣のお兄さんも、人々は全て子供たちの模範となるような行き方を求められていた。
この3、40年間の内にそのような生き方が煙たがられている傾向が強くなっているのは何故なんだろう。

2009年8月7日金曜日

イヌ・キツネ・タヌキの下顎骨から

日本に生息するイヌ科(Canidae)のイヌ属(Canisキツネ属(Vulpes)、タヌキ属(Nyctereutes)の下顎骨によって検索できるようにしてみた。
ホームページの自然と動物・植物→哺乳類の頭骨と骨→頭骨→ からご覧下さい。
これまでの分類・検索は頭骨の全てが揃っていなければ同定できないような書き方がほとんどである。
このミソは下顎骨の一部だけしか分からない時も検索できるようにした。
それは、野山で拾った下顎はほとんどの歯が抜け落ちて裂肉歯しか残っていなかったりするためである。
日本にはアライグマのような移入種も含めて、食肉目(Carnivora)はイヌ科Canidae、ネコ科Felidae、クマ科Ursidae、イタチ科Mustelidae、ジャコウネコ科Veverridae、アライグマ科Procyonidae、マングース科Herpestidaeの7科が陸上生活をしていることになる。
これらについても、頭骨の一部しかわからない場合でも、頭蓋骨や下顎骨ですぐ同定できるようにした。これも御覧あれ!
ハクビシンの頭骨が手元にないので、図鑑を頼りにした。
アザラシ・オットセイ・セイウチなどの海獣類は全く頭骨を持っていないので外した。

2009年8月6日木曜日

釧路湿原残像(続)

ヤチボウズはどれかわかりますか?
ハンノキの幹の手前にモサモサと髪の毛を伸ばしているようなものが、ヤチボウズ(谷地坊主)です。
ぼくが子供の頃はこの上を跳び回って遊んだものだと話すと、教え子のM.S.さんが足をかけたがグラグラ揺れて無理であった。
アカゲラ?
この小鳥がホザキシモツケなどの草叢をチッチッチと鳴きながら逃げようとしない。
巣が近くにあるようだ。小鳥の名前?
この小鳥も多くみられた。名前?
ぼくのカメラでは藪ではピントを合わせられない。
この時ほど、一眼レフが欲しいと思ったことはない。
ウグイスが鳴き、カッコウやツツドリも鳴いていた。
目も耳も悪くなっているので、M.S.さんが見つける素早さに驚嘆する。
もっともぼくは下を見ながらトガリネズミの死骸を探しながら歩いた。
しかし、今年は一匹も死骸を見つけられず。

2009年8月5日水曜日

釧路湿原残像

ウバユリという名前の由来は、葉(歯)がなくなるからだと、お隣のヤマボウシさんの「清川村の自然観察日記」より知った。なるほどだ!だが、釧路湿原のオオウバユリは花が咲いても葉(歯)が乙女のようにすべすべして綺麗である。オオオトメユリと名を代えてやりたい。
キツネの糞
ミンクの糞
シカ道が走っている。
シカの足跡が残っている。
関東地方も梅雨が明けたしては、夏らしくない天気だ。
ぼくとしては、左足首が思わしくないのでこの状態でも我慢できる。
が、元気なisaさんは花の写真を撮りに南ア縦走に出かけたようだ。
天候不順なので気をつけてもらいたい。