「特定秘密保護法反対」

「特定秘密保護法」、「集団的自衛権」に反対します。憲法第9条をしっかり守りましょう。教育勅語の教材活用は間違いだ!

自由であっても、他人の生まれ、性別、年齢、故郷、風習、宗教を差別する、小馬鹿にする、冒涜するのは許されない。

原発不要・核廃絶


2009年7月31日金曜日

新釧路川での釣り:カレイとカジカとウグイ

午後からまた新釧路川に釣りにいった。
先ず妹がカワガレイを釣り上げた。
次にこちらが15センチくらいのウグイを2匹とカジカを2匹。
2度も藻に引っ掛かって仕掛けを取られてしまったので、釣りをやめる。
下は、カジカ。
ガスってきて、寒くなってきた。
カモメがこちらの釣り上げた魚を狙っている。
バケツの中のウグイを食べられる。
追い払ってもカラスのようにずうずうしい。
下は、タモ網で掬った小魚やエビを狙っているカモメの幼鳥。
餌のミミズをカモメに食べられ、凍えそうほど寒く感じてきたので、帰ることにする。
川の水温がやけに温かく感じた。
小魚はこの石段の水際の草が生えているところをタモ網でゴツゴツと掬ったら、ドジョウ、フナ、エビ、ドンコ、トンゲウオ、ウグイのチビがたくさん取れた。
釣った小さなウグイ、カレイ、カジカは金魚が入っている水槽に同居させた。
うまく明日まで生きてくれれれば半年い以上は生きるだろう。

釧路湿原(3)

ウバユリではなく、オオウバユリというらしい。
ウバユリは丹沢にもあるが、こんなに群生しているところを見たことがない。
こは木道の横に生えていた一本。
シオガマギク(ゴマノハグサ科)という。
初めて知った。
マメ科かな?と思ったが違う。
シソ科でもない。
サギゴケなんかと同じゴマノハグサ科であった。
エゾシモツケソウ、シモツケやホザキシモツケは灌木であるが、これは草本である。
なんとなくユキノシタ科のトリアシショウマやアスチルベに似るが、良く見るとバラ科の花だ。

今日は晴れたので、お袋と一時間半の散歩。Tシャツの上に少し厚手の長袖のスポーツシャツを着たが少し寒い。部屋の中はガスストーブを室温23度に設定してつけている。

釧路湿原(2)

釧路湿原の花
タチギボウシ、オオバギボウシに似るが花は青紫色である。
ドクゼリ、セリ科の花はシシウドにしてもみなこのように総状につける。
ここには、ヌマゼリもある。
エゾイヌゴマ、シソ科の花は一つ一つはちょっとランの花弁ににているね。
クルマユリ、葉が輪生になっているのが特徴だ。
遠目にはコオニユリに似るが、葉が違う。
原野のユリと言えば、クロユリを思い出す。
この20年以上、見たことがない。
子供の頃は学校へ行く道沿いの空き地にも咲いていたのに、、、、、。
ホザキシモツケの群生、このバラ科の花の中ではほのかな香りに包まれる。
雄蕊が飛び出ているので、頬に触れると柔らかい感触である。
オスのヒトは、ニホンザルなんかと違ってチンパンジーと同じように生まれた地域にたいする愛着が強いなぁ~と思う此の頃だ。
それが、懐かしい「里山の風景」を望む声にもつながる。
根釧原野で生まれた道産子の懐かしい風景は、「灰色の空のもとの荒涼とした原野(湿原)」である。

2009年7月30日木曜日

新釧路川

昨日の釧路湿原展望台の帰路に出合ったキツネである。
今年生まれで、親元から分散した個体だろう。
え!今になって気がついた性別をチェックしなかった。

この帰り、キツネの轢死体がないか走ってきた。
キタキツネとの頭骨の違いを知りたいが、関東地域にいるキツネをこのようにじっくり見たこともない。
今日は、午後から妹と釧路川に行った。
タモ網で増水した新釧路川の土手の草むらを漁った。
ドジョウとウグイの幼魚、およびカワエビのチビがたくさん採れた。
本当は、トゲウオを掬いにきたのだ。
向こうは、上流で釧路湿原道路である。
新釧路川は釧路川の氾濫を防止するためにつくられた。
湿原をほぼ直線となって流れる人造川だ。
川下の方を眺めると製紙工場がみえる。
子供の頃、この新釧路川で泳ぎ、釣りをし、自転車を持って渡ったことさえある。
それにしても水量がものすごい。
湿原が遊水地となって、天然の洪水防止になっているのがよく理解できる。

2009年7月29日水曜日

釧路湿原(1)

昨日、専門学校の教え子の学生が羅臼から我が家に寄ってくれた。
今日は釧路湿原展望台に案内し、遊歩道を歩き、恩根内湿原ビジターセンターに行き、遊歩道を歩く。
割とそばでタンチョウヅルに会い、写真となる。
帰路、キタキツネを見つけて停車。キツネは逃げず。何枚も写真を撮る。
キタキツネを撮り終えて、再び国道を走ってすぐに今度はタンチョウヅルの親子と遭遇。
写真を撮りまくり時間を費やす。
彼女の札幌行きの釧路発16時16分の電車にギリギリ間に合う。

2009年7月28日火曜日

木の花

今日は、朝から快晴、久し振りのお日様が輝く。暑いくらい。
お袋を誘い、散歩。
あ!この香り、この匂い!
ハシドイの花が満開だ。
昨日までは気がつかなかった。
小花がついた4,5センチを折り取ってお袋に持っていくと。
ハシドイのニオイはイイネェーとうっとりする。
ぼくもそうだが、目や耳が衰えても嗅覚は衰えないのか?ちょっと不思議だ。
進化的な意味があるとするなら、中生代の2億年間の暗闇生活の賜物だ!
ハシドイはモクセイ科であり、ライラック(リラ)よりも匂いでは落ちるが、日本原産のものだ。

シャクナゲが満開である。これは、ハクサン? キンロバイだ。メアカンキンバイが木本となったようなものである。

これは、家庭の庭や校庭にも植えられていた。もちろん我が家にも2本あった。このキンロバイは公園で。
こども頃大半を屋外を跳びまわっていたので、懐かしい花や木が目にとまる。

釧路の夏の実(2)

ハマナスの実である。
これは赤く熟すと美味しい。
ハマナスの実の中には細い綿とともにタネがたくさん詰まっている。その綿が口のまわりや首筋につくととても痒く、美味しいが痒さにも耐えなくてはいけなかった。
綿は細いガラス繊維のようなもので、それが皮膚に刺さるのだ。
藤沢に帰るまでに熟した実を食べられるだろうか?
ユスラウメの実である。
グズベリやハマナスの実に比べると一つ甘さに欠けた。
それでも大量になるので、摘んだ実をザルに入れて水洗いしてオヤツ替わりに食べさせられた。
道東のものかと思っていたら、関東地方に庭にも植えられているので驚いたことがある。
これは、実というよりもタネである。
この太い羽状複葉の葉を毟り取ると、葉芯?が太くてしっかりしている。
何故か、それで相手の頭を叩いたものだ。子供の遊びである。
おー、名前はヤチダモで白樺よりも背が高くなる木だ。
美しい樹形の木とは言えず。しかし、遠くからでも目立つ。
老母の認知症が進んだ。
何度も、いつ帰るのか?と聞いてくる。
テレビを見ている時は、まるで一人で人生の苦しみを味わっているかのような形相なので、「母さん、ニコ!」とやって、唇の両端を両手の指で吊り上げて見せる。
風呂に入る、老母の身体を見た。
若い時にカリエスで肋骨を数本取ったせいか、肩から腰、足にかけて骨と皮だけ。
食べても太ることができない、年齢だ。

2009年7月27日月曜日

釧路の夏の実(1)

お袋とジュンと散歩しながら見かけた懐かしい実を紹介したい。

これは、子供の頃はよく食べたグズベリの実である。
赤黒く透き通るようになると完熟した証しで、甘くなる。
この状態では酸っぱい。
でも、子供の頃はこの木がたいていの家の庭の隅に植えられていたので、盗み食いしたものだ。
今回は、摘まんでも見なかった。
見ただけで酸っぱい唾が出てきた。

カラスの実と呼んでいた。
ナナカマドの実である。
秋になると真赤になり、2月頃まで実をつけている。
真冬には飼い鳥のように綺麗なキレンジャクが群れて食べる。 ニワトコの実である。これも赤く熟す。
木の名前を知ったのは大学に入ってからであり、幹の髄がコルク質になっているので生物実験でプレパラートを作る時にそれに挟んで切って、顕微鏡でのぞいた。 とうとう、今日は朝からガスストーブをつけている。室温を22度に設定している。

晴れて欲しい。山を登れないので、釣りをしたいし、湿原も歩きたい。

2009年7月26日日曜日

ストーブが欲しい釧路!

午前中、雨が上がったのでお袋と犬を連れて散歩。
膝が悪かった筈のお袋が、膝が痛いのを忘れたかのように老人用車を押してどんどん進む。
こちらはストックを杖代わりに右手に持ち、左手には犬の綱とウンチ入れようのバック、首にはカメラという出で立ちだ。お袋を追う。
14歳を過ぎたジュンは時々立ち止まり、歩くのを嫌がる。
お袋は後ろを振り返りもせず、もくもくと進んでいく。
園庭のスカシユリだ、なんだかすごく色が濃い感じがする。
オオマツヨイグサが雨に濡れて良い感じ。
ノコギリソウが空地にたくさん出ている。
子供の時はこれやら、アヤメを摘んで花瓶に挿したものだ。
これは、ホザキシモツケかな?雨に撃たれた風情が良い。
晴れるとキリギリスが鳴き出しそう。
アスチルベが庭や道端に咲いている。
左足のアキレス腱炎で、運動不足のせいか、学会でも兄貴や妹からも「太った、太った!」と言われる。今夜は大きなコマイの焼き魚。今夏は雨続きで寒いせいか、庭の草花の生育が悪いようだ。
今はもちろん、長袖シャツを着て、タイプしている。明日もこうだとストーブが欲しい。

釧路の観葉植物

道東地方は40年振りの大雨であるという。
日本列島がおかしな梅雨前線に覆われている。
早起きして、幼稚園の庭を見た。
ヤツデが大きな鉢に植えられて日溜まりとなる場所に置かれている。
半袖では寒いので長そでのTシャツを着る。
15,6度位だろう。
関東地方ではヒヨドリがウンチとして落していったフンの中にヤツデのタネが混じっていて、ヤツデは我が家の庭のどこにでも生えてくる。
芽生えを見つけると可哀想だが抜かなくてはならない。
上のヤツデは多分30年以上は経っているだろう。
釧路では大事にされる観葉植物だ。
鉢の右下のベビーバスの中にはオタマジャクシが泳ぎ回っている。

2009年7月25日土曜日

終わった!

懸案の採点・成績付けが終了。
最終履修者495名中467名が試験を受けた。
これから、暑い夏休みに突入する。
庭のカノコユリが咲き始めた。今年は17個の蕾がついている。
今年のカノコユリは今までになく美しいが、オニユリは何だか元気がない。
雨のせいなのだろうか?
テッポウユリはまだまだ咲きそうもない。
カノコユリもテッポウユリも植えた訳ではない。
どこからかタネが飛んできて我家の狭い庭に根を伸ばしたのだ。

植物たちは、どんなところであろうと自分が気に入った場所なら誰にも構わずに生きていく。
そんな植物たちをちょっと羨ましくもなる。
今夜から釧路である。

2009年7月24日金曜日

コロブス亜科(Colobinae)のサル

庭のユズの葉にアゲハの幼虫がいて、葉を食べている。
黒っぽいウンチが地面にたくさん落ちている。
虫たちは、葉や草を分解・消化する酵素を自分たちで作り出している。

しかし、ウサギやヤギやウシなどの草食動物たちは、胃や直腸などに共生しているバクテリアの力を借りて、食べた草や葉を分解・発酵してもらい、栄養にしているのだ。
草や葉の細胞膜はセルロースという炭水化物からできている。
そのセルロースを虫たちは消化する酵素を作り出すことができるが、哺乳類はセルロースを栄養にするには分解・発酵して糖に変えてくれるバクテリアの力を借りなければいけない。

ぼくらヒトはキャベツやホウレン草を食べても水分やビタミンやミネラルなどは吸収できるが、その大部分をしめる炭水化物のセルロースは分解消化することができないので、ウンチとして排泄する。

テングザルもキンシコウもコロブス亜科のサルであり、この仲間はLeaf Eater(葉食者)と呼ばれ、葉を食べて栄養としていけるサルたちである。

そのため、彼らの胃の中にはヤギやウシのようにバクテリアがいて植物繊維のセルロースを分解・発酵する。

テングザルばかりでなくハヌマンラングールも果実があれば果実を食べるという。
今学会でこのことを知って衝撃を受けた。
彼らがチンパンジーやニホンザルのようにバナナを食べると急に血液中のpH濃度が酸性化してアセドース(酸性過多症)になると聞いていたことがあったからだ。
発表者に聞いた。果実は熟していないもののようだ。
また、ハヌマンの子殺しで有名な杉山幸丸さんにも聞いた。
ヒマラヤ山麓にはアカゲザル(ニホンザルの仲間)とハヌマンラングールがいて、冬季になるとアカゲザルは麓に下りていくが、ハヌマンは残って冬芽や樹皮を食べて過ごすようだ。
つまり、Leaf Eaterと言われるコロブス亜科のサルたちは葉や樹皮を食べても、それらを分解・消化してもらって生きていけるということだ。

上は、秦嶺山脈のキンシコウのオスとメスの抱き合いである。

2009年7月23日木曜日

サビタの花

伊吹山のノリウツギ(ユキノシタ科)の花である。
釧路ではサビタの花と呼んでいる。
ここでは、綺麗な花と葉であるが、道東地方のサビタの花は赤茶けており、白い花に赤錆がついたような記憶が強い。
サビタの花は「挽歌」の原田康子の小説「サビタの記憶」で有名になったようだ。
高校の時、隣のクラスに原田康子の弟さん?がいた。高校の帰りに図書館のある高台から見下ろして見た釧路の街の風景が急に浮かんできた。
大学に入ってノリウツギという名前がサビタであることを知った。
サビタってアイヌ語?何語?サルナシ=コクワ、コケモモ=フレップ、グズベリなど和名ではない言葉が使われている。
昨日、試験が終わった。11時過ぎまで採点し、今朝4時に起きて採点を続けている。明日中には終えたい。

2009年7月22日水曜日

伊吹山の昆虫

このセセリチョウ科のチョウ、ヘリグロチャバネセセリ?スジグロチャバネセセリ?のどちらかのオスのようだが、同定できない。何だろう?
これは、ヒメギスのオスだ。
こいつは、釧路湿原にもいる。
セセリもヒメギスも写真撮らせてねと話しかけながら撮る。
ノアザミの花にたくさん群がっているのは?
今日は、慶應の春学期末試験だ。
試験は学生も嫌だが、こちらも嫌だ。
25日まで採点で頑張らなくては、夏休みが始まらない。
嫌なこと、苦しいことがあるから夏休みが一層待ち遠しくなる。

2009年7月21日火曜日

始めての伊吹山

伊吹山は深田久弥の「日本百名山」に載る。
学会を途中で抜け出し、友人と行く。
頂上直下まで車で行けるようだし、そこからゆっくりあるいても2時間もあれば山頂にいけるようだ。
ものすごい車の列、はたして駐車できるのか?500台は十分停められるようだ。
次々に下りの車が下りてくる。
登っていくにつれて、ナデシコがたくさん咲いている。
駐車場はバスを含めて満杯状態だが、次々に車は出ていくので誘導されて駐車ができる。
トイレ、お土産屋などがある。

まるで、江ノ島の花火大会の人込みをの中を歩くような感じで西コースをゆったり登る。
ガスの中にノリウツギ(サビタ)が咲いている。
シシウドは何故か美しくみえる。
アカソの絨毯の中にさまざまな草花が咲いている。
ユリ科のシュロソウだ。
キク科のメタカラコウ、右はイブキトラノオ。
ここでは、何故かどれも可愛く、綺麗にみえる。
オオバギボウシと観光客。
このような山の花を見るやりかたは初めてである。
ダブルストックで左足をかばいながらで2時間で山頂であった。
20分の直登コースもあるようだ。
それにしても凄い人込みだった。
これだけ山野草に多くの人々が関心を持っていることは嬉しい。
動物たちにもこのような関心をもってもらいたいと思う。
深田久弥は麓から歩いたのを、ぼくは車で9合目?までいったことになる。今の伊吹山の現状を深田久弥が知ったらどんなに驚くことだろう。



2009年7月20日月曜日

第25回日本霊長類学会

中部学院大学で行われている。
僕にとっての新知見がいくつかあった。
テングザルを含むコロブス亜科のリーフイータが果実があれば果実を食べると言う。
続きは帰ったら。
これから伊吹山へ。

2009年7月18日土曜日

ツアー登山

2004年8月、阿寒富士山頂で: 暑~い!
北海道の夏山は、夏と初冬が同居すると思って間違いないだろう。
快晴時の昼間は盛夏の山を満喫できる。
しかし、一旦、ガスったら内地の初冬の気温だ。今回の、トムラウシでの遭難は悪天候ということもあったが、60代の登山グループである。
自分に鞭打って頑張れる気力をもっているだけにこのような結果になったと思っている。
その気力が、疲れと強烈な風雨と寒さで萎えてしまったのではないだろうか。

ただ一つ凄く気になる行動がある。
このような全く見知らぬ人たちの寄せ集めのツアー登山の恐ろしさである。
疲れて脱落した人が出たら、疲れてない人たちが彼らを置いて先に進んだ行動である。
これが、もし友人知人よりなる仲間同士の場合なら、そこで全員引き上げていただろう。
1度ばかりでなく、2度目の人たちも置いて先に進んでいったツアー登山という恐ろしさを感じる。
それは、自分だけでも目的を達成したいという欲望であったろう。
複数のガイドたちもそういう登山者の熱望を感じていたために退却できなかったのかもしれない。
仲間同士なら、「今日は、止めよう!また、今度にしよう!」ということになったろう。
ツアー登山であっても、登山中に落伍者一人でもでたらならば登山は中止すべきだ。

ぼくは、二十歳前後の学生を連れて歩くが、自分の体調よりも学生たち一人一人の体調を重んじて計画を決行したり、中止したり、途中で退却したりする。
危険な箇所で、無理そうな学生がいれば、「これから勇気を持って退却するぞ!」と叫ぶ。
集団行動では、全て同時、同じ行動をすることが基本だ。
同じ食事をし、同時に休み、同時に歩く。
自分のお菓子であっても皆で分かち合って食べる。
これが無ければツアー登山はこれからも事故が起きるだろう。

2009年7月17日金曜日

夫婦共同しなければ仔を残せない!

もう一鉢のフウランもこの強風に負けずに咲いた。
夕方、シジュウカラのヒナが3、4羽チィチィッと鳴いている。
二羽の親鳥が毛虫を運んできては食べさせている。
これはヒナの一羽、クチバシが黄色っぽい。
次々に親鳥たちが虫を運ぶ、とてもメス親一羽ではやっていけない。
オス親も一緒に餌を運んでようやく子供たちは成長することができる。
一夫一妻を生み出す基本がここに見られている。

2009年7月16日木曜日

ぼくの部族名はDosanko

タンザニアは126から130部族からなる。
下の写真は撮ってくれた人も含めて皆違う部族の出身者である。

上は、ぼくの助手件同僚としていつも一緒にマハレ山塊を歩き回ったトングエ族の人たち。

彼らとサファリをしてキャンプ生活だけでは疲れてしまうので、宿屋に泊まることがある。

すると、そこの宿帳に自分の名前、国籍、パスポート番号を記載し、さらに部族名まで書かなければいけない。そんな時はいつもDosankoと書いて、宿屋を安心させている。

日本では、民族とか部族とかまったく気にすることはないが、タンザニア以外の国では、出身部族名は結婚でも就職でもいろんあ形で左右されることになる。しかし、タンザニアでは120を超える部族間で争いはなく、みな写真のように仲良くやっている。互いに、相手との違いをはっきり認識することで仲良くできるのである。一番上の写真を撮ってくれたのはキリスト教徒であり、写真に写っている左の主任官吏官はイスラム教徒である、当然奥さんの数が違う。ぼくの助手たちは都合の良いところだけイスラムやキリスト教である。

2009年7月15日水曜日

試験問題

サルでは、初発情したような若いメスはもてない。しかし、ヒトでは若いメスがちやほやされるのは何故か?という問題を出した。

タンガニーカ湖の湖畔に1994年2月から97年2月までの3年間生活した。
日常的に親しく付き合ったのはトングエ族と云われる人の男たちであった。
彼らの好みの女性は太っていることである。
それは、一緒に寝ると温かいからとのたまう。
20歳前後の女性で太っているのは皆無に近い。
皆、細くてしなやかな身体をしている。
太っているのは、24、5歳を過ぎてきた頃の女性であり、
結婚して子供をもっている30から50歳の女性は十分に太っている。
乳房は大きく、お尻は大きく、それらを揺すりながら歩く。
体臭も強烈なものがあり、ぼくはこの年代の女性はセックスダイナマイトと名付けていたく。
ぼくがトラッカーやグラスカッターとして雇っていた男たちのだれもが20歳前後の細いしなやかな身体の女性よりも30~50歳の太っている女性と結婚したがる。

もう40年も前にヤコペティ監督の「世界残酷物語」という映画の中で、アフリカのある部族では、結婚前の女性は檻に閉じ込めて食べさせて太らせるというものがあった。檻の中の女性は食べて寝るだけ、次々に食物が差し入れられてそれをガツガツ食べる。小錦か山本山のようになると男の方から高い婚資(結納金)を得られるのだ。

サルでは、ワカメスはもてない。熟年メスにオスたちは言い寄る。
熟年メスは社会的順位が高いので、流産率は低いし、子供をしっかり育て上げることができる。
しかし、ワカメスは順位が低いし、育児経験がないので、オスたちの子を託す相手には向かなくなる。
そのため、ワカメスは交尾相手に恵まれないので、自慰をしたり、チビを相手に性器を擦ったりすることになる。

トングエ族の人々で太っている女性がもてるのは、子供をしっかり産み、育てられることができるからであり、痩せている女性は流産や死産の可能性や哺乳をしなければならない育児にも不安があるからもてないのだろう。

では、なぜ、ぼくらの社会では若い女性がちやほやされるのだろうか?

2009年7月14日火曜日

梅雨明けは近い!

咲いたコマツナギ:
4年前の秋に丹沢の林道沿いでタネを採取して鉢に植えたコマツナギがようやく咲いた。
Yさんは植えた翌年に咲いている。
コマツナギは陽が4、5時間は当たらないと花芽ができないようだ。
ハナミズキやナツツバキの枝を切って少しは陽が射すようになったら早速花芽をつけてくれた。
鉢を大鉢にして二階のベランダに持っていこう。 丹沢ではコマツナギは6月頃から咲いて10月くらいまで咲いている。 花期が長いので、小さな豆を採ってきて植えたのだ。

テン糞で不明なタネがあったので、プランターにばら蒔いていたら、キイチゴのような芽が出てきている。楽しみである。

空を見上げるともう、梅雨空ではない。ぼくはもう梅雨が明けたと思っている。
足を引きずりながらでも丹沢のヤマユリを見に行きたい。

2009年7月13日月曜日

電車で!

今朝の電車で、横浜から東京行きに乗った。赤ちゃんをだっこした女性が立っている。

僕の前の座席には若い女性の会社員が二人、何やらおしゃべりしている。

川崎で年寄りの女性も乗って来た。

僕の前の女性も席を譲ってやろうとはしない。

品川、寝ている赤ちゃんの重さは大変なものだ。何度も赤ちゃんを抱きなおしたりする。

僕前の席に座っている女性は全くこの赤ちゃんをだっこした女性には気がついていないかのようだ。

とうとう赤ちゃんを肩に載せた。

新橋で二人の女性会社員が降りた。年寄り女性が赤ちゃんを連れた女性に声をかけて二人で座った。

2009年7月12日日曜日

一人、一人がみな繋がる

ギボウシの花が咲いている。
春、筆状の芽が出始めた時は、10本くらい摘んで、茹でて胡麻和えでたべる。
夏になるとこのように1日に2、3時間しか陽が当たらないところだが、このように花を咲かせてくれる。
先週、高校の同級生たちと飲んだ。
ぼくの7月4日のブログを見たようで、それに反応してくれたようだ。
ぼくらの高校では厳冬期に全校生徒によるウサギ狩りをおこなっていた。
凍てついた釧路湿原の原野を、手には棒切れをもち、
大声をあげながら一つの目標地に向かって歩くのだ。
目的は、修学旅行費にするためということだが、
ぼくらの時には文化祭と同じような学校行事の一つだった。
雪原を歩いていくと、ノウサギがぴょんぴょん飛び出し始める。
個人プレーは厳禁された。一箇所でも行進が崩れるとそこからどっとウサギたちが逃げる。
ウサギが自分たちの横をすり抜けようと無視して目標に向って歩く。
一人、一人が大切な役目を担っているのである。