「特定秘密保護法反対」

「特定秘密保護法」、「集団的自衛権」に反対します。憲法第9条をしっかり守りましょう。教育勅語の教材活用は間違いだ!

自由であっても、他人の生まれ、性別、年齢、故郷、風習、宗教を差別する、小馬鹿にする、冒涜するのは許されない。

原発不要・核廃絶


2008年4月29日火曜日

イタチがいなくなりアライグマが、、

横浜市と藤沢市の間を流れる境川は、江ノ島に流れる。正面に見えるのは横浜市営地下鉄の高架であり、右が横浜側、左が藤沢側である。

川底や土手はコンクリートで固められており、流れが速い。それでもモツゴ、コイ、ヨシノボリ、オイカワがいる。
今日は両側の土手をイタチの糞を探しながら歩いた。藤沢側のサイクリング道路にも横浜側の土手の上の道路にも犬の糞を除いてイタチの糞は見つけられなかった。
藤沢側で農作業をしている人に聞くと、「境川の護岸工事以降まったくイタチは見なくなった。それまでは随分イタズラされた」と懐かしそうに話してくれた。横浜側ではフキを摘んでいた人に聞いた。「10年前まではいた。今はアライグマがいる」と話してくれた。

護岸工事でイタチが巣を作るような穴を地面に空けられなくなってしまったのだ。イタチにとっては、カエルやザリガニや昆虫などの食物はあるが、営巣場所が確保できないのだ。一方、アライグマは下水道などの側溝を営巣場所にして十分生きていけるのだ。

2008年4月28日月曜日

チベット

北京オリンピンクが近づくにつれ、ますますチベット問題がクローズアップされてきている。チベットに旅行に行った人たちは、観光用のお店やレストラン行き、ホテルに泊まってもチベット人たちが虐げられていると話してくれる。中国人(漢族)のガイドが案内するのはどれも中国人経営の店。しかし、店の前や神社周辺で細々と生計を立ててお土産を売っているチベット人たちを見ることになる。

2005年春、秦嶺山脈の麓でのキンシコウの調査時、オーストラリアからの研究者、中国系アメリカ人の大学生とぼくの3人で、中国の大学院生たちとチベット問題を議論した。学生たちは私たち3名の言うことをほとんど聞き入れてくれない。チベットは独立した国家であり、中国が強大になった時に統合され、中国が弱くなると独立した。それさえも、理解してくれない。子供の頃からチベットは中国の祖国の一部だと教え込まれている。

サルの話しや動物の話しならノートを取りながら耳を傾けてくれるが、チベット問題はダメだった。

2008年4月26日土曜日

あ!イノシシ、また、、

久しぶりの丹沢山塊の水沢林道である。サル調査が目的であるが、このところサルの痕跡すら見つけることができない。
歩き始めて間もなく、山側斜面からイノシシが一頭駆け下りて沢側斜面に入る。矢部さんが”イノシシ”と小声で言う。と、今度は二頭のイノシシが連なって駆け抜ける。大型犬のセパードよりも小さく柴犬よりも大きな個体だ。昨年生まれたヤツだろう。まだ、兄弟が一緒に行動しているのだ。
ナナフシがカエデの仲間の葉に何匹もいて柔らかい葉を食べていた。

林道終点まで歩き、戻る。イノシシに出会った辺りをすぎて、おじさんと話しをする。彼もこのところまったくサルの姿を見ていないようだ。このおじさんは、もう何年も前からこの水場がある辺りで自宅から持ち込んだ草木を植えて楽しんでいる。水場にはテンがくるようだ。5年目にしてシカに菜の花が食べられたと笑みを浮かべている(下の写真)。カキを植えるとサルがきてくれるかな?とニコニコしている。おじさんは2、3年前の11時頃に地面でムササビがヒヨドリくらいの大きさの鳥ともみ合っていたのを見たことがあるようだ。どうもそのムササビは営巣している鳥に近づきすぎたようだ。昼間である。

ゲート近くの杉林で矢部さんがリスを見つける。

帰路、サルを見たくて、七沢森林公園付近で土地を買って仕事をしているクルスのところに立ち寄る。サルは見られなかったがサル糞を見つけたし、楽しいナイジェリア出身の男たちとも知り合いになった。丹沢の帰りこの市街地に出る群れを観察しようかなと思い始めている。

2008年4月24日木曜日

一斉協調攻撃行動

ニホンザルの群れを観察していると、ちょっとした小競り合いをきっかけに、ある個体が群れのほとんど全個体から一斉に攻撃されることがある。
一斉攻撃の対象になる大半は群れのオスだ。しかし、そのオスが小さなコドモを泣かしたり、メスを苛めた訳ではない。大抵はオトナメスなどが出てきてギャーギャーとわめきちらすのだが、このメスのギャーギャーわめく声に誘発されて、それまでのんびりと横になっていたり、グルーミングしていたような個体までがまるで何かの合図があったようにとびおきて、加勢するように一斉にある特定の個体を攻撃する。
そのため、その個体がブッシュの中に逃げると4、50頭もの個体が一斉にブッシュの中を追うので、ブッシュがウエーブが起きたようにゆれる。これは、2、30メールも一斉に大勢の個体によって動くが20秒もしないで終わり、また、平穏な休息時間となる。
これを協調攻撃行動と云い、ニホンザルばかりでなくチンパンジーにも見られる。
時々、ギャーギャー啼き叫んでいたメスにこの行動が向けられることもある。

このサルに見られる協調攻撃行動を観察していると、集団生活をするものは絶えず他個体との一体感を求めているように思える。スケープゴートになる個体は集団の中でいつも何となく疎まれている個体であったり、そうでないこともある。それがある時爆発したように他個体が一斉に攻撃することになる。

このサルに見られる協調攻撃行動は、ぼくらの人の社会でも形を変えて見られる。それは、多勢に従う行動であり、勝ち馬に乗る行動だ。選挙でも雪崩現象が起きるのは他の多くのものとの一体感を求めているとも云えるが、勝利者に味方した方があらゆる面で得になるからだ。
民主主義は多数の意見の尊重だが、サルを観察している者にとっては、民主主義は少数者を結果的に無視し、捨て去る恐ろしい面をも持っていると思わざるを得ない。

中国におけるチベットの自主・独立の抑圧と米国の大統領の予備選挙をニュースで聞いていたら、上記のサルの一斉協調攻撃行動を思い浮かべてしまった。

ムササビの巣穴の新旧と条件

見ていた他の他の穴も撮ってきました。真ん中の大きな穴には樹液がでておりません。樹液が出ている穴は、ムササビが出入りする時に身体に樹液がつくとすると、ムササビ君はイヤだろうと思います。そうすると、樹液が出ない古い穴に居るということだ。taka隊員さんヒントをありがとう。

神社を下ったところにある杉の木にも穴が開いていた。一体、何本の杉の木に穴をあけているのだろう。一本、一本、調べなくてはいけないか?そうなると、巣穴を開ける、杉の木の立地条件も解りますね。
本当は、サルを見たい!

2008年4月23日水曜日

空振り!

1月に撮ったときは、大きな穴が斜めに三つあっただけだが、これを見るともう1個新たに開けられ始めている。こんなにたくさんの穴はテンなどの外敵を混乱させるためなのか?
2時に起き、ビデオとカメラを点検し、矢部さんを待つ。3時丁度に矢部さんが来てくれる。車を走らせ奥湯河原のトイレがある駐車場に着いたのが4時10分。トイレから小さなコウモリが3匹出入りしている。停まったら写真に撮ろうとしたが、ヘッドランプの光の中を慌てたように飛びまわっている。
ヘッドランプの光を頼りに神社までの道を登る。
一度も休まずに登ったので、神社に着いたのが4時半で、まだ暗闇の世界だが、空は少し明るい感じ。早速、二人で巣穴を見上げる。神社の軒先の穴は諦めて、3月5日にムササビが摑まっていた杉の木を両側から囲むように二人で見上げる。
5時になり、もう十分に明るい。ぼくは斜面を背に寝転ぶ。アオバトが「わーあぉー、わぁおー」と2箇所で啼いている。ウグイスの「ほーほけきょ」もうるさいくらいに聞こえる。寒さに備えてきたのに寒い!
5時半になり、見上げる空にはカラス、カケス、トビ、ハトの仲間、小鳥たちが飛ぶのが視界に入る。鳥たちの朝のもっとも忙しい採食の時間のようだ。寝転んでいるので、尻が冷たくなってきた。
6時になる。6時半まで頑張ろうと話す。寒いが眠い。
もし、我々が見上げている木に飛び移ってきたら、その音だけで判る筈だ。あるいは神社の屋根裏に戻ってきたとしても着地した音で判るはずだ。空を飛ぶ鳥たちのシルエットがムササビと思いハットする。
6時半、ダメ。戻って来なかったのか?戻って来たならば、しばらく穴から顔を出していることもあるので、穴という穴を二人で双眼鏡で見る。ダメ。帰ることにする。
帰路の道沿いのアオキの実に食痕がついている。さらには、神社の下100メートルくらいの杉の木にも大きな穴が開いており、ムササビの爪を立てて登ったような痕がついている。ムササビの留まり木とでも思えるような杉の木がいくつかあった。樹皮が擦り切れている。
アオキの実の食痕はどれも4,5日前以上のものであり、ムササビは食べ物を別の物に移したようだ。
4月13日に見たときは、おびただしい量の生々しいノウサギの糞があったが、今日はそれらが皆、古くなって白っぽくなっていた。新しい糞は見当たらない。しかし、ササとオオイタドリの古いウサギの食痕を見つけた。駐車場のトイレの天井をみたが、コウモリはまったく見つけることができなかった。

西湘バイバスを走っていると竹内さんから電話があった。今日は、空振り三振もいいとこだ。

2008年4月20日日曜日

エビネとネキリムシ

新学期が始まって気持ちの余裕が無いのと、雨模様で山には行けない日が続く。今日はせっかくの土曜なのに朝起きると曇り空だった。今日も山行きをあきらめる。庭を見る。 エビネが咲き始めた。しかし、7本出ていた花茎のうち2本が倒れている。ん?何故?と思ってみると、花茎の根元付近からまるでウサギにでも齧られたような斜めの切り口になっている。さらに、見ると咲き始めた花や蕾も齧られたような痕が残っている。

ヨウトウムシとネキリムシ(いずれも数種類の蛾の幼虫)の仕業だ。花茎が伸びてきて蕾が膨らみ、花が咲き始めると切り倒すなんて、、、。しかも、土の中に隠れていて、夜になると出てきて齧るのだ。

辺りをみるとユリも食べられている。仕方がない、退治しなくてはならない。昼間出てくると小鳥たちの餌食になるために、夜活動するように進化したヤツだ。

柔らかい葉っぱを食べる蛾の幼虫は、イモムシと毛虫がいるが、夜活動するのは体色も体毛も地味で目立たない。摘んでも丸くなってしまう。昼間活動するイモムシは派手な色で、見た目も気色悪い。摘もうとすると威嚇のようなポーズをするものがいたり、気味悪い液を出したりする。毛虫は、毛に触れただけで痒くなったりするものがいる。かれらもどうやったら天敵にやられないように葉っぱを食べることができるか、日夜生存のための努力をしていることになる。

2008年4月19日土曜日

ヒゲは何のため?

ぼくがヒゲを生やし始めて30年以上になる。動機は若く見られたくなかったことだった。 今朝、鏡を見て、剃り落そうかな?と少し考えてしまった。

哺乳類はケモノと云われるように顔から手足の甲まで毛でおおわれている。サルの仲間だけが顔に毛が少なく、顔を含む全身に少ないのは、サイやゾウやカバがいる。が、彼らは毛を少なくした代わりに皮膚を厚くしている。サルの仲間の顔に毛が少なくてもサイやゾウのように皮膚を厚くしているわけではない。
さて、哺乳類の口の回りに生える毛をヒゲと称し、この口の回りの毛は、機能上2つに分けられる。1つは、モグラやネズミの仲間やイヌやアザラシの仲間などがもっている感覚毛と称される細いがしっかりした毛と、もう一つは、ヤギのアゴヒゲとサルの仲間に見られる口髭であり、仲間に見せる毛である。

サルの仲間のヒゲを見ていただこう。
パタスモンキーErythrocebus patas、アフリカ生息
http://animaldiversity.ummz.umich.edu/site/resources/corel_cd/patas.jpg/view.html
ブラッザモンキーCercopithecus neglectus、アフリカ生息
http://www.theprimata.com/cercopithecus_neglectus.html
エンペラータマリンSaguinus imperator 南米生息
http://animaldiversity.ummz.umich.edu/site/resources/mzm2/61.mr2.jpg/view.html
いずれも立派なヒゲである。これらのサルたちはオスもメスも同じようなヒゲをたくわえている。
両性ともヒゲが生えているが、パタスではオスの体はメスの倍くらい大きく、長い犬歯をもっている。
ブラッザモンキーもオスの方がメスよりも大きな体を持ち、犬歯が長く鮮やかブルーの睾丸を持っている。 エンペラータマリンは500g前後の小さなサルで、両性ともヒゲをたくわえるが、オスはメスよりも大きい体をもつ。

いずれのサルたちもオトナになるにつれてヒゲが立派になる。性別に係わりなく伸びるので、ヒゲは仲間に対して性成熟に達したことを示している。
人では、オスだけが思春期以降、ヒゲが濃くなり始めるので、二次性徴としての性成熟の象徴なのだ。
人はサルたちとは違ってオスの犬歯の長さはメスのように短くなって性的二型が小さくなっている*。不精ヒゲは毛嫌いされ、さらにヒゲさえも剃り落として、最近では化粧までしてメスの顔に近づけようとしている。ますますオスはメスらしくなろうとオスらしさを失いユニセックスの道へ進んでいく。
オスらしさを取り戻さなければ、父親の存在も危うくなる。

ぼくは、ヒゲを残すことにした。
*:オスの犬歯がメスの犬歯の長さに比べてはるかに長いのはニホンザルや、ヒヒ、チンパンジーなどアジア・アフリカに棲む狭鼻猿である。ただし、テナガザルは両性とも長い犬歯をもつ。

2008年4月16日水曜日

姿勢と社会的地位

キンシコウの群れは複数の単雄複雌群からなる。レッドポイントはある単雄複雌群内の唯一のオトナオスである。他はメスとコドモたちだ。身体はメスたちよりも一回り大きく、さらに両端の上唇にイボ状のものができる。これがメスやコドモたちを睥睨するようにして歩く。メスやコドモたちはこのオスに従う。
ぼくは、猫背とはいわないまでも、背を丸めたような姿勢である。この姿勢はお袋もそうであり、遺伝的なものかなと思っていた。が、妹も長女も胸を張って歩く。次女はぼくに似ている。妹も長女も背が低いので、できるだけ背を高く見せようとしていることは明らかである。91歳のお袋は若い時は、160センチを越えていたようで、大女と見られるのが嫌で、できるだけ背を低く見せようとした結果が猫背のようになったのかもしれない。じゃー、ぼくはどうしてなのだ?

先日、電車の中で、中年の女性が下を向いて一心に本を読んでいる。その姿がじつに美しい。背筋をまっすぐにし、胸を張っている。下を向いているのに胸を張っている。背が高い女性であった。

姿勢は胸を張り、背筋をピット伸ばした方が美しく、美人にさえ見える。

今日、始めての大学での2回目の授業があった。視聴覚器具を使い方がわからなかったので、講義後、友人の教授を訪ねて研究室に行った。が、不在だった。彼の3時限目の授業がある教室前で待っていた。

前の暗い廊下を胸を張ってどうどうと歩いてくる人物が同級生だとわかった。
すっかり、彼はだれもが大学の教授と思える姿勢と歩き方をしていた。
地位がその姿勢をつくるのだ。

群れのボスは、サルの研究者でなくてもボス(順位一位オス)を見つけることができる。姿勢と歩き方が堂々としているからだ。しかし、このボスも群れ落ちすると、これがあのボスかと思えるほどの貧相な姿となる。

もうすぐ、サル学会がある。学会で興味深いのは、各大学で胸を張って堂々と歩いていた筈の教授たちの大半が何故か群れ落ちしたボスザルのようにショボクレ、胸を張って堂々としているのは大学院を出たばかりのまだ職についていないようなワカモノだ。
学会という場は、現在、調査研究をし、たくさん論文を読みこなし、酒を飲みながら口角泡を飛ばして議論しているワカモノが堂々としているのは、なかなかの素晴らしい社会である。

2008年4月13日日曜日

野生動物探検隊

福浦港近くに住む、竹蔵丸の船長さんより、明日、フィールドを案内しますという電話がある。
いよいよ、おじさんたちの「野生動物探検隊」の2度目の会合でもある。
船長さんが漁に出られないときに観察しているフィールドへ連れていってもらう。営巣中のフクロウをみせてもらう。が、悲しいかな教えられた場所の樹洞をみても僕の目にはフクロウが見えない。なんと、その理由が今分った。読書やパソコン用のメガネをかけていたのだ。あまりのことに近眼用のメガネに変えることに気がつかなかったのだ。あ~無念。どうりで何もかも良く見えず、一気に老化が進行したのかとショックを覚えていたのだ。
次は、新たに見つけたというリスの巣。フクロウの巣からそんなに離れていない。おそらく何頭かのアカンボウが入っているのだろう。フクロウにお母さんがヤラレタラたいへんだ。
見つけたキクラゲを採り、オオシマザクラの花や葉、ミツバとともにインスタントラーメンに入れて食べる。キクラゲだけが味噌味に合わず。次回は塩ラーメンにしよう。

 昼食後、天昭山神社へ向かう。ノウサギの糞が昨年同様溜め糞のようにある。これまた、ちょっと不思議。そのうちテントでも張ってウンチをしている姿をみたい。神社付近のムササビ君たちはぼくらの声にビビッテ顔を出してくれなかった。竹林は、イノシシがメチャクチャに掘り起こしていた。が、撮った写真を見るとその様子が分らない。目で見た印象を写真は撮ってくれない。ン?構図などと決める腕が悪いのか?
上のアオキの実は、ムササビに食べられた痕であると考えられる。
下のキジのオス、車のフロントガラス越しに撮ったもの。コイツ、車で近づくと少し啼き、胸を膨らませて羽を震わすディスプレーをする。生意気にも我々探検隊に威嚇したようだ。実に綺麗で、肉もたっぷりある美味しそうなキジだった。

2008年4月9日水曜日

自然に焦がれる人、そうでない人

1968年の奥湯河原の天昭山神社前で、餌付けられていたT群のサルたち。右に泊まっているテントを張っているロープが見える。当時の写真をパソコンに取り込み中。
先日、丹沢の帰りに県立七沢森林公園に行った。ハイキングコースは整備され、斜面に岩を配し、その隙間にはスイセンが黄色の花をつけている。歩道沿いには園芸品種の石楠花が延々と植えられている。スイセンやシャクナゲは綺麗であり、きっと栽培の維持管理も楽なのかもしれない。ところどころに公園の清掃や修理をおこなう人たちが働いていた。ぼくにとっては、どうしてこうも人の手を入れなくてはいけないのだ。七沢の自然の森そのものを見せることができないのかと不満に思った。

帰路、夫婦連れに出会った。彼等は、「何にもない!」とぶつぶつを言い合っていた。彼等にとっての七沢森林公園は、尾根上には立派なレストランでもあり、横浜や江ノ島の方でも展望しながら食事をしたかったのかも知れない。あるいは、何かの遊戯施設でもあると勘違いしたのだろうか?

1980年代、各地に○○自然歩道なるものが作られハイキング道路などが整備された。しかし、それらの道は人がほとんど利用しなくなったため、草木で被われたり、台風や梅雨の大雨で道が崩壊している。

自然の美味しい空気を吸いにきた人々は、駐車場周辺のお店に立ち寄るが、山に入ろうとはしない。今の日本人の自然への親しみ方は、車で自然が残っている場所に行き、その駐車場周辺で飲み食いするだけで、自然の息吹を感じ取っているかのようだ。

都会に住んでいるから、自然を求めて山に来るのだが、「何もない!」と帰っていく。自然への接し方、親しみ方、遊び方が分らない、精神的な田舎の人だ。あるいは、箱庭の自然だけを求める人だ。

2月に釧路に行った時に兄貴夫婦に連れられて国際ツルセンターに行った時、霙が降る中を二人の欧州系の人が、写真を撮っていた。また、友人の話によると温泉に入るサルで知られる志賀高原の地獄谷野猿公園では、今は日本人の観光客よりも海外からのツアー客が多いようだ。また、丹沢に一緒に行っている矢部さんは、外国人の知人たちから、一緒に丹沢のサル観察に連れて行って欲しいとお願いされているようだ。

日本まできてサルを見たり、ツルを写真に撮ったりする。欧米の人たちにとっては先進国である日本に野生猿がいること自体信じがたいことなのである。

欧米人は精神的な都会人であり、いつも草木溢れる自然を渇望している。日本人は風景を見るだけで満足し、山中に入って浸ろうとはしない。

この違いはどこに起因するのか?欧米人は半砂漠のようなところで牧畜生活をしていたために、草木溢れる自然を渇望するのか?日本人は四季が明確であり、野山の植物が枯れることなどない豊かな自然に恵まれたきたために、敢て自然の中に浸かってまで楽しもうとはしないのか?

2008年4月7日月曜日

竹の子

矢部さんが竹の子をザックに詰めて持ってきてくれた。米糠も一緒だ。すぐ、大鍋で茹でて、鍋に入りきらなかった残りを写真に取った。
竹の子は、洋風、中華風、和風の全てに合う食材となる。しかし、竹の子が出てくる竹林は奈良・平安朝の時代に遡ったような感じを与えてくれる場である。日本人の精神の場とも感じられるのが竹林である。


ぼくが生まれ育った北海道には竹林はない。七夕祭りで飾り物や願い事を書いた短冊を吊るすのは柳の木である。柳の細い葉としなやかさが竹にとって変わられる。子供の頃は柳の木の七夕飾りを見ながら、「笹の葉さらさら、軒端に揺れる、、、、」と歌ったのである。
柳はそのしなやかな枝から釣竿にもなった。

竹の子が顔を出す前に、山ではイノシシたちが竹林の至る所を掘り起こす、10センチから20センチくらい顔を出したところを今度はサルがガブリと齧る。

哺乳動物たちは、3、4月に冬期の食物欠乏からの栄養失調がたたって餓死することが多い。せっかく待ち遠しい春が来て竹の子が出てきたり、新芽が膨らんできてもそれらを食し、消化する体力が無く死んでしまう。しかし、昨年はドングリがたっぷり実ったので、衰弱死する哺乳類は一頭もでなかっただろう。今年の春の出産季は動物たちのベビーブームとなるのは、間違いない。

花の色と咲く時季

ハナミズキの花が開花し始めた。花ビラ(ガク)は葉っぱそのものであり、これから次第に白く色づいてくる。

ハナミズキの開花はどのような条件によって促されるのであろうか?サクラは開花前線から気温の上昇であることがわかる。ハナミズキは?
花の咲く時季で、不思議なのは、ウメやジンチョウゲやサクラである。何故、寒さで凍えるような時季に開花させるのであろうか。ウメは白く、あるいは紅く、ジンチョウゲは高貴な香りを放ちながら、サクラは淡い桃色の花を枝一杯につける。白色、紅色、桃色、香りは動物たちへのむけてのメッセージである筈である。しかし、この時季には昆虫はまだ越冬中だ。花粉を風によって運ばせるなら、色や匂いは必要ない。ヤナギやクロモジ、ヤシャブシのように目立ったないもので十分だ。
ウメやサクラは花が目立ち香りが良いだけに小鳥たちに啄ばまれる。サクラはムササビやサルにも食べられる。にも関わらず、サクラは毎年花を咲かせる。
植物の種子はその回りの果肉ごと動物に食べられることによって糞として排泄されて、分散するものも多い。サクランボはヒヨドリもイタチもサルも大好きであり、果実は動物たちに食べられる方が良いのだ。サクラは、綺麗な花をつけることによってここにあと3ヶ月後には美味しい実をつけますので、食べてくださいよという動物向けのメッセージなのだろうか?
植物の花の色と香りと時季で不思議なのはキンモクセイもそうだ。何故、寒くなってから素晴らしい香りを放つ花を咲かせるのか?誰にむけての匂いなのだろうか?まさか、同種の仲間にむけてのものではないだろう。
このようなことは、花の進化などを研究している植物学者からはそんなこともう答えは出てますよといわれそうだ。

2008年4月3日木曜日

虫の声、小鳥の声が聞こえない!

先日、NHKテレビで17年ゼミの大発生についてやっていた。セミが尻を振って鳴いているシーンや人々があまりにウルサイ鳴き声に耳を塞いでいるシーンが流れた。「セミが鳴いているのが聞こえるの?」と連れ合いに言うと、「え?鳴いているよ!」と応えた。娘がボリュームを上げてくれた。ナレーターの声が響く。しかし、ぼくにはセミの鳴き声が全く聞き取れない。音量とは関係なく聞き取れない音がある。

アフリカから戻った年の秋の夜に、「アフリカ行く前までは庭で虫たちが鳴いていたが、コオロギもいなくなってしまったのか?」「え?ウルサイくらいに鳴いているのが聞こえないの?」と連れ合いは怪訝そうな顔をした。学生たちと道路を歩いていて、「せんせい、危ない!」と袖を引っ張られる。すぐ後に自転車に乗った人がベルを鳴らしながらいた。あるいは、同じように手を歩道側に引っ張られたこともあった。真後ろに車がおり、運転手はぼくを睨んでいる。

居酒屋で飲む、皆の話しの半分以上は聞こえないのに、雰囲気で返事をしている自分に気づく。高い音が聞こえない。

不思議なのは、聞こえているのに、その音声・単語の意味が知覚・認知できないために聞き返してしまう。同じ単語を2、3度聞いてその意味が理解できる。突然、何かを云われた時に聞き返すことが多い。それは、聞こえているが、その音の意味を認識できないのである。このところの日常生活でもすぐ聞き返してしまうことが多くなった。

ぼくの最大の問題点は、野外に出て、動物たちの立てる音が聞こえなくなったことである。サルを含む、野生動物を見つける最大の武器は耳である。「あ、何?」と何かがこっそりと果実を食べている音がするので、静かに近づいてテンを発見する。あるいは、「ン?サル?」と対岸の斜面を見るとサルが採食しているのを見つける。身体中の全神経を逆立てて、つまり耳にしてちょっとした、空気の揺れまでも感じ取る能力。それが、耳・聴力である。キジバトが林床で何かを啄ばんでいる音、アカネズミが歩く音、はもちろんのこと、キリギリスが鳴き止み、体勢を変える音までが聞こえた。

目と耳が良い哺乳類はヒトやサルだけだ。他の哺乳類は、鼻と耳で物と見つけている。しかし、目の能力はその物を見つけたらその方向や距離まで一瞬の内に認識できる。しかし、臭いは空気の流れで揺れ動き、発生源を特定することは難しい。音は反射して、やはり発生源を特定するのが困難だ。ヒトが密やかに生活している野生動物を見つけることができるのは、耳と目が良いからである。

この能力がアフリカから戻って以来なくなってしまった。自然の息吹を感じ取る、見る、聞く、嗅ぐ、味わう、触るの五感が備わっていてこそ、動物に出合うことができるのだ。今の自分は、視覚は老眼と近眼でダメ、聴覚は難聴になってしまった。触覚では、事故以来、右膝下部分と右頬、右上歯茎が痺れているようで無感覚である。しかし、これはたいしたことではないので、変わらないようなのは、嗅覚、味覚、触覚である。

アナグマやタヌキたちの鼻の良さにはぼくと格段の差があるが、ぼくの視覚や聴覚能力が落ちたので、これで目が悪く鼻が良い、動物たちの感覚に一歩近づいたとも云える。

2008年4月2日水曜日

カーブミラーとサルの行動

写真をクリックすると拡大します。4月2日のハタチ沢沿いの林道のカーブミラーにあったサルのフィールドサイン。
これほど、はっきりとサルの手形が残っているカーブミラーはない。サルは、カーブミラーに写る自分の姿に驚いて、威嚇をしたら、ミラーの相手も威嚇するので、さらに接近したら、相手も接近してきた。相手は弱そうなので、とうとう肉体的接触を伴う攻撃行動となった?

あるいは仲間と思って挨拶をしたら、ミラーの個体も同じ挨拶をしたので、接近したら、相手も接近してきてグルーミングしたのかな?

いずれにしても、群れに所属していないハナレザルがこのフィールドサインを残したと思われる。

フィールドサイン

今朝、K.Y.さんの車に5時半に乗って、家をでる。ハタチ沢でサル糞ありとの情報を得ていた。気持ち良い程の肌寒さの中を沢に沿った林道を歩く。サル糞は見つからなかったが、2,3箇所のカーブミラーにサルの足跡がある。

まだ、9時を回ったばかりなので、先週行った七沢森林公園に行く。職員の人にサルのことを聞くが、今週はまだ出てきていないようだ。
「尾根の散歩道」を歩いていると、異様に幹が濡れた木がある。クリックして拡大して!上端2箇所にリスが樹皮を削り取ったような痕があり、そこから樹液が流れ出ている。傷痕は地上から1.5メートルくらいの高さのところである。
3月4日の竹蔵丸の船長さんのリスが樹液を舐めている素晴らしい写真(http://white.ap.teacup.com/applet/takezou/archive?b=10)から、リスかムササビが樹液を舐めた痕と考えた。
しばらく尾根道を歩いていくと、今度は、ヤマザクラの花付き枝が散らばっている。良く見ると花弁だけが毟り取られて捨てられている。誰が、このようなイタズラを?サルではない、サルならもっと酷い枝の折り方をするし、花弁やガクを含めて無造作に毟り取る。
折れた、枝先をみると、錆びたナイフで切ったようになっている。枝を折り取ってもこのような形状にはならない。
ムササビの食痕だと、K.Y.さんが教えてくれる。すると、前の樹液があふれ出ていたのは、ムササビ?通りがかったバードウォチャーに聞くと、このあたりにはムササビはいない。リスはこの尾根では見たことがないと言う。バードウォチャーはフィールドサインには気をつけないからダメか、、、?



2008年4月1日火曜日

マングースの剥皮・除肉

冷蔵庫に容れておいたマングースを解体しようと、昨日、取り出した。凍っている。冷蔵庫を最も冷える状態にしていたのだ。とても剥皮や除肉はできないので、一個体だけを取り出し、写真を撮り、物置に置く。

今朝、9時から10時半までかかって処理する。オスであり、大きめの大豆を二個合わせたくらいの睾丸があった。毛皮を記念に保存処理しようかなと思ったが、面倒なので止める。頭部、左右の前脚、左右の後脚、胸部・腰部・尾部の6つに分け、除肉をして、頭部、脚部、他の三つをそれぞれ上部を切り取ったペットボトルに容れて、水に浸す。

除肉や腐敗をいそがせるには一度、軽く煮てから残りの肉を取ると良いのだが、急ぐわけでもないので大まかに肉を取っただけだ。動物淡白分解酵素も混ぜなくてよいだろう。

毎度のことであるが、このような作業をやっている時は息を潜めてやっている。気持ちが悪いのだ。
できれば、何人かの観客がいて、ワイワイ言い合いながら作業したい。観客の一人が皮を剥がすときに、身体の一部をつかんでいてくれれば、もっとスムーズに解体できる。

このマングースは、おそらく、捕殺後、すぐに内臓が抜かれ、素早く冷凍されたのであろう。ばらしている時にも腐敗臭がなかった。奄美野生生物保護センターの皆さんに感謝!